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    October 21

    トルストイ:文読む月日:スラートの喫茶店(ベルナルダン・ド・サン・ピエール

     

    トルストイ:文読む月日:スラートの喫茶店(ベルナルダン・ド・サン・ピエールJacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre

     

    この書物は総勢170人ものぼる聖賢の名言を晩年のトルストイが100回以上の推敲を重ねて6年の歳月を費やして完成させた名著である。その中で、特に感銘を受けたものを引用する。中東における宗教対立は日本人には理解しがたい。宗教・信条の違いをのりこえて、大いなる和解が必要である。

     

    文読む月日(上)318350(ちくま文庫)より引用:

     

    インドのスラートの町に喫茶店があった。そこにいろんな土地からの旅行者や外国人たちが集まって、よくお喋りをするのだった。

     あるときにそこにペルシャ人の神学者がやってきた。彼は生涯神の本性の研究を続け、その方面の書物を読んだり書いたりしていた。あまり長いこと神について考えたり読んだりしているうちに、気が変になり、頭の中がすっかり混乱して、とうとう神を信ずることをやめてしまった。

     そのことを知った皇帝は、彼をペルシャの国から追放した。

     そのように生涯宇宙の第一原因は何か?などと考え続けて頭が混乱した哀れな神学者は、自分が理性を喪失してしまったことを悟らないで、もう世界を支配する最高理性者など存在しないと考えるようになった。

     この神学者には、どこへでもお供をするアフリカ人の奴隷がいた。神学者が喫茶店へ入ると、アフリカ人は戸口の外の庭の石の上に太陽にあぶられながら坐って、たかってくるハエを追い払っていた。神学者は喫茶店のなかのソファに横になって、アヘンを注文した。アヘンを飲み干して、それが彼の脳裏に作用し始めると、彼は奴隷に向かって言った。

    「おいこら、汚らわしい奴隷め、きさま、どう思う?神様はいるのか、いないのか?一つ言ってみろ」

    「もちろんいますよ!」奴隷はそう言って、すぐに帯の間から小さな木製の偶像を取り出した。「ほら、これが神様です。この神様が、私がこの世に生まれて以来、私を守ってくださっているのです。この神様は私たちの国でみんなが礼拝する聖木の枝でできているのです」

    神学者と奴隷のあいだのその話を聞いていた喫茶店の人々はびっくりした。神学者の質問にも驚いたけれども、奴隷の答えにはもっと驚いたのである。

     奴隷の言葉を聞いた一人のバラモンが彼に向かって言った。

    「なんという阿呆だろう!神様が人間の帯のあいだにいるなんて、そんな馬鹿な話があるものか!神は唯一つ ― ブラーマだ。このブラーマは全世界よりも偉大なのだ。なぜなら彼が全世界を創造したのだから。このブラーマは唯一の偉大な神様であって、この神様のためにガンジス川のほとりにたくさんの神殿が建てられ、そのなかにひたすらその神に仕えるバラモン僧たちが祈りをささげているのだ。このバラモン僧たちだけが真実の神を知っている。二万年もの歳月が過ぎて、世界中にいろんな変化が生じたけれども、バラモン僧たちは相変わらず昔のままである。なぜなら、唯一の真実の神ブラーマが彼らを庇護しているからなのだ」

    バラモンはみんなを説得しようと思ってそう言った。ところが、そばにいたユダヤの両替商が彼に反駁した。

     

    「いやいや、真実の神の神殿はインドにはない!…神はバラモンたちを庇護したりはなさらない!真実の神はバラモンたちの神ではなく、アブラハム、イサク、ヤコブの神である。真実の神は己の唯一の民イスラエルのみを庇護されるのだ。神は天地創造以来、絶えずわれわれイスラエル民族だけを愛してきたし、今も愛している。われわれの民族が現在地球上に離散しているといっても、それは単なる試練に過ぎず、神はその聖約どおり、いつかまた己の民族をエルサレムに集め、昔ながらのあの偉大なエルサレムの神殿を再建し、イスラエル民族を世界諸民族の支配者となされるのだ」

    ユダヤ人はそう言って泣きだした。そしてなおも言葉を続けようとしたが、そばにいたイタリア人が彼を遮った。

    「あなたのおっしゃることは間違いです」とイタリア人はユダヤ人に向かって言った。

    「あなたの神は不公平を押しつけていられる。神がある一つの民族をほかの民族以上に愛されるはずはありません。その反対に、たとえ以前はイスラエル民族を庇護されたとしても、神がイスラエル民族に怒り、怒りのしるしにその民族としての独立を奪い、世界中に離散せしめたまいて以来、今や千八百年の歳月を閲し、そのためユダヤ教の信者は世界に広まらないばかりか、わずかにあちこちで気息奄々としているていたらくではないですか。

     神はいかなる民族をもえこひいきはなさらず、救済を欲するすべての人々を、唯一のローマ・カトリック教会の懐のなかで救済なさるのです。ローマ・カトリック教会以外にはどこにも救いはありません」

    そんなふうにイタリア人は言った。しかしそばにいたプロテスタントの牧師が、顔面蒼白になってカトリックの神父に反駁した。

    「あなた方の信仰のなかだけに救いがあるだなんて、よくもそんなことが言えたものですね!はっきり言いますが、福音書の教えに従って、イエスの定めた掟を守って、精神と真実をもって神に仕えるものだけが救済されるのですぞ」

    そのとき、そばに坐ってえらそうな顔をしてパイプをくゆらしていた、スラートの税関に勤めているトルコ人が、二人のキリスト教徒に向かって言った。

    「あなた方の信仰はほぼ六百年も前に、マホメットの真実の信仰に取って代わられたのです。そしてあなた方もご存知のように、マホメットの真実の信仰は、ヨーロッパでもアジアでも中国の開化された地域でも、ますます広がっています。あなた方もユダヤ人が神から見放されたこと、その証拠にユダヤ人たちがみんな蔑まれており、その信仰が全然広がらないことを認めておられるではありませんか。どうか一つ、イスラム教の真実性を認めていただきたいものですね。だってイスラム教は現に隆盛を極めており、さらにますます広がりつつありますからね。神の最後の預言者、マホメットの教えを信ずる者だけが救われるのです。それもオマール派でなくてはいけないので、アリ派は駄目です。アリ派は間違っていますから」

    その言葉を聞くと、アリ派に属するペルシャの神学者が反駁しようとした。しかしそのとき店内に居合わせたいろんな国のいろんな信仰の人たちのあいだで、いっせいに大論争が始まった。そこにはアビシニヤのキリスト教徒もおれば、インドのラマ僧もおり、イズマイル教徒も、拝火教徒もいた。

     みんなが神の本性について、いかに神を拝すべきかについて言い争った。そしてみな、自分の国の人々だけが真の神を知り、いかに神を拝すべきかを知っている、と主張した。

     まさに喧喧囂囂の論争風景だった。ただ一人、孔子の教えを奉ずる中国人だけは、おとなしく喫茶店の片隅に坐ったまま、論争に参加しなかった。彼はお茶を飲みながらみんなの言葉に耳を傾けていたが、自分は何も言わなかった。

     論争の最中に彼に気づいたトルコ人が、彼に向かって言った。

    「なあ中国の方、一つ私に応援してくださいよ。黙っていないで、私に有利な証言を頼みますよ。私は今あなたの国にはいろんな信仰があることを知っています。あなたの国の商人たちが何度も私に、中国人たちはあらゆる信仰のなかでもイスラム教が一番優れていることを認めて、喜んで受け入れていると話しました。一つ私の言葉の証人になってください。そして真実の神とその預言者についてあなたの考えを話してください」

    「そうだそうだ、あなたの考えを話してください」とほかの人々も言った。

    孔子の教えを奉ずる中国人は、眼を閉じてしばらく考えていたあと、眼を開き、着物の広い袖から両手を出して胸の上に組み、静かな落ち着いた声で話しだした。

    「みなさん」と彼は言った。「私としては我執ほど信仰の問題でみんなが一致することを妨げるものはないと思うのです。聞いてくださるなら、例を挙げて説明いたしましょう」

     私は世界一周のイギリス船で中国からスラートの町へやって来ました。途中、水の補給のためスマトラ島の東海岸に立ち寄りました。昼間私たちは船を出て、島民たちの村からほど近くの、海岸のヤシの木陰に坐りました。いろんな国から来た幾人かの人たちでした。

    するとそこへ一人の盲人がやって来ました。

     あとでわかったことですが、その人は、いったい太陽とは何かが知りたくて、あまりに長いあいだ一心不乱に太陽を眺めていたため、盲目になったのでした。その人は太陽の光を自分のものにしたいために、それが知りたかったのです。

     彼はそのために躍起となり、あらゆる学問に没頭しました。どうしても太陽の光をどれだけか捕まえて、それをビンの中に詰め込みたかったのでした。

     彼は一生懸命太陽を見つめつづけましたが、結局何も出来ず、ただ太陽の光に痛めつけられて目が見えなくなっただけでした。

     そこで彼は自分に向かって言ったのです。

    「太陽の光は液体ではない。なぜならば、もし液体であれば瓶に流し込むことができるはずだし、風が吹けば水のように波立つはずだから。太陽の光は火でもない。なぜなら、もし火ならば水の中に入ると消えるはずだから。光はまた目に見えるから霊でもなく、動かせないから固体でもない。太陽の光が液体でも火でも霊でも固体でもないとすれば―結局太陽の光は無だということになる」

    彼はそんなふうに考え、そしてまた相変わらず太陽を見つめつづけ、太陽のことを考え続けていたため、とうとう視力も理性も失ってしまったのです。

     彼はすっかり盲目になったあげく、とうとう太陽なんかもともと存在しないと思い込んでしまいました。

     その盲人と一緒に彼の奴隷もやって来ました。その奴隷は主人にヤシの木陰に坐らせ、ヤシの実を拾って行灯を作りはじめました。彼はヤシの繊維から灯心を作り、ヤシの実から油を絞ってヤシの殻に入れ、灯心をそれに浸しました。

     奴隷が行灯を作っているとき、盲人は溜息をつきながら彼に向かって言いました。

    「なあおい、奴隷、俺はおまえに太陽なんかないと言ったが、そのとおりだろう?ほら、こんなに暗いじゃないか。だのにみんな太陽がどうだのこうだの…いったい太陽って何だね?」

    「私には太陽ってなんだかよくわかりません」と奴隷は言いました。「私はそんなものに用がありません。でも光なら知っています。ほら今、行灯を作りました。これで照らすと明るいし、旦那様にもお仕えできるし、私の部屋のものも何でも探せます」

    こう言って奴隷はヤシの殻を手にとって見せました。「ほら、これが私の太陽です」

    そのときそばに松葉杖を持った者がいました。者は奴隷の話を聞くや笑い出しました。

    「あなたはどうやら生まれつきの盲人ですね」と彼は盲人に向かって言いました。

    「太陽とは何かも知らないなんて。私がよく教えてあげよう。太陽というのは火の玉で、この玉は毎朝海から出てきて、毎晩私たちの住む島の山陰に沈むのです。私たちはみんなそれを見ているし、あなたも眼が見えればそれが分かるでしょう」

    と、こんどはそばにいた猟師がそれを聞いて者に向かって言いました。

    「どうやらあなたは自分たちの住む島から出たことはないのですね。もしあならが者でなくて、ほうぼう航海に出たら、太陽がこの島の山陰に沈むのでなくて、朝、海から出たように、晩にも海に沈むことがわかるでしょう。私の言葉に間違いはありません。だって私は毎日それをこの眼で見ているのですから」

    こんどはそれを聞いていたインド人が言いました。

    「なんという馬鹿馬鹿しいことをおっしゃるんですか。火の玉が海に沈んでも消えないなんて考えられるでしょうか?太陽は火の玉なんかではありません。太陽は神様です。デーワと呼ばれる神様です。この神様は戦車に乗ってスペルワという黄金の山の周囲を天翔けるのです。

    ときどきラグウとかケトウとかいう悪い大蛇がデーワに襲いかかって嚥み込んだりしますが、そのとき世の中が暗くなります。しかし私たちの国の神官たちがお祈りすると、神様はまた大蛇の腹から出ておいでになります。自分の住む島から全然出たことのないあなた方のような無知な人たちだけが、太陽は自分の島だけに照ると思っているのですよ」

    すると、そばにいたエジプトの船主が口を切った。

    「いや、それは間違っています。太陽は神様ではなく、インドやインドの黄金の山の周囲を翔んだりもしません。私は船で黒海へも行ったし、アラビアの海岸も通ったし、マダガスカルへもフィリッピン諸島へも行きましたが、太陽はインドばかりではなく、どんなところでも照らしています。太陽は一つの山の周囲をぐるぐる回ったりはしないで、日本の海岸から出てきます。ですからその国は“日本”、つまりその国の言葉で言えば“太陽の生まれる国”と呼ばれるのですが、その日本から出てきた太陽は、こんどははるかはるか西方のイギリス諸島の陰に沈むのです。私はそのことよく知っています。なぜかと言えば、自分でもいろいろたくさん見てきましたし、お祖父さんからもいろんなことを聞かされましたから。私のお祖父さんは、海の果てまで航海したことがあるんですからね」

    エジプト人はなおも言葉を続けようとしたが、私たちの船のイギリス人のマドロスが彼を遮りました。

    「イギリスほどみんなが太陽の動きをよく知っている土地はほかにありませんよ」と彼は言いました。

    「イギリスの私たちはみんなよく知っていますが、太陽はどこからも出ないし、どこへも沈まないのです。太陽は絶えず地球の周囲を回っています。私たちはそのことをよく知っています。なぜなら私たちはたった今地球を一周してきたばかりですが、どこででも太陽とぶつかったりしませんでした。どこへ行っても、ここと同じように、太陽は朝に姿を現し、晩に姿を隠すのです」

     

     

    イギリス人は棒を拾って砂の上に輪を描き、太陽が地球の周囲を運行する様子を説明しはじめた。しかし彼はあまりうまく説明できなかったので、自分の船の舵手を指さして言いました。

    「実はあの男が、その、私以上に学問があるので、もっとよく説明してくれるでしょう」

    舵手は賢い男で、黙ってみんなの話を聞いていて、尋ねられるまで何も言いませんでした。しかしそう言われて彼は、やおら口を開いたのです。

    「あなた方はお互いにお互いを騙し、また自分自身を騙していらっしゃる。太陽が地球の周囲を回っているのではなく、地球が太陽の周囲を回っており、さらに地球は二十四時間ごとにぐるりと一回転しながら、日本やフィリッピン諸島や、私たちが今いるスマトラやアフリカやヨーロッパやアジアや、その他のいろんな土地を太陽のほうへ向けるのです。太陽が輝くのは、一つの山のためでも、一つの島のためでも、一つの海のためでも、さらには単に地球のためにでもなく、地球と同じようなほかのいろんな星のためにも輝いているのです。あなた方もみんな、自分の足の下ばかり見ないで空を仰ぎ、太陽が自分のためだけに、あるいは自分の国のためだけに輝くなどと考えるのをおやめになれば、そのことがよくおわかりになるでしょう」

    世界中を何度も船で回って、何度も空を眺めた賢い舵手はそう言いました。

    「そう、信仰問題での人々の迷誤と分裂とは、すべて我執から生ずるのです」

    と孔子の教えを奉ずる中国人は言葉を続けた。「太陽の場合も神の場合も、道理は一つです。みんなが我執のために自分だけの神を、少なくとも自分の国だけの神を持ちたがるのです。すべての民族がそれぞれ自分らだけの神殿のなかに、全世界も包容できない神という存在を閉じ込めようとしているのです。

     いったいいかなる神殿が、神自身が万人を一つの宗教、一つの信仰に合一させるためにお建てになった神殿と比較できるでしょうか?

     およそ人間が作る神殿は、この神殿の、つまり神の世界のミニアチュアとして作られているにすぎません。あらゆる神殿に聖水盤があり、アーチがあり、灯明があり、聖像があり、古文書があり、経典があり、献げ物があり、祭壇があり、司祭がいます。しかしながら、いったいいかなる神殿に大洋のような聖水盤や、太陽や月や星のような灯明や、互いに愛し合い助け合う人間のような生きた聖像があるでしょう?いったいどこに、神の手によって人々の幸福のために至るところに播かれた恩寵ほど、神の善性をわれわれに理解させる文書があるでしょう?いったいどこに、われわれ一人一人の心に刻み込まれている経典ほどわかりやすい経典があるでしょう?いったいどこに、愛情豊かな人間が己の隣人のために行なう自己犠牲ほど尊い献げ物があるでしょう?いったいどこに、神自身が献げ物をお受けになるところの、善良な人間のハートに比すべき祭壇があるでしょう?

     われわれの神に対する理解度が高まれば高まるほど、われわれは神をよりよく知ることになる。そして神をよりよく知れば知るほど、より神に接近し、神の善性と仁慈と人々への愛とに倣うことになると思います。

     それゆえ全世界を満たしている太陽の光を見た人でも、自分の偶像に閉じこもって光のほんの一部分だけを見る迷信深い人々を非難したり軽蔑したりしないがいいと思います。またすっかり盲目になって全然光を見ない不信者も軽蔑しないがいいと思います」

    孔子の教えを奉ずる中国人がそう言うと、喫茶店に居合わせた人々はみんな黙ってしまい、もう誰の信仰がすぐれているかと論争しなくなった。

    (ベルナルデン・ド・サン・ピエール―レフ・トルストイ訳)

     

    ジャック・アンリ・ベルナルダン・ド・サン・ピエール(Jacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre, 1737-1814):18世紀の作家。最初、軍事技師として働いたが軍紀違反により失職し、求職のため欧州各地を転々し、ついには技師としてインド洋の小島モーリシャスへ赴いた。3年後パリに戻ったが、友人のジャン・ジャック・ルソーの勧めで主著「自然の研究」(Études de la nature)を書き、作家としての成功をかち得た。有名な小説「ポールとヴィルジニー」(Paul et Virginie)はその一部の挿話で、遠く文明から離れた絶海の孤島で育った少年少女の純愛物語は、大いに読まれた。

     

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    October 11

    宮里藍のスランプの原因が判明:心技体が整っていなかった

    宮里藍のスランプの原因が判明:心技体が整っていなかった

     

    藍ちゃんの冷静な分析、そして正直な告白に感動しました。

     

    スポーツで勝者になるためには、心技体が整う必要があることを再認識させていただきました。

     

    7時のNHKラジオのニュースを聞いていたら、石川遼選手が中嶋常幸選手に、スランプの乗り越え方を質問し、次のような返事だったそうです。

    「心技体が整わないと勝てない」

     

    まさに、藍ちゃんの経験したこの数ヶ月を物語っていて、中嶋選手の言葉にも感動を覚えました。

     

    いつも応援している神経内科医より

     

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    藍ちゃんのブログより引用:

    「まずは、6月のマッチプレー前後からいろいろな

    事が積み重なりました。まずは足を怪我していた事。

    これは全くプレーに影響が無い訳ではなかったのです

    が、でもほとんど問題がない程の小さな怪我で、

    でも完治するのに2か月半かかりました。

     

    そこで、多少スイングの調整がずれてきたと思われます。

    もちろん父にも来てもらってチェックもありましたが、

    でも一人で調整する時間が長く、今頃になって

    あの時のちょっとした怪我がこんな形で影響して

    いたんだ!と、ようやく気づきました。

     

    それから、あきらかなドライバーの練習不足。

    私の場合アイアンでスイング調整する時間が

    とても多くバランスが悪かったと思います。

    全体の調子をくずしてしまう原因になりました。

     

    そして優勝に対するモチベーション。

    これは気持ちの問題ですが、急に優勝が手に届き

    そうな所まできて欲というか、少し焦りがあったかも

    しれません。もう勝てる!!という焦りが。

    そのままの状態でいけば何の問題もなかったはずなのに、

    結果を急ぎすぎてしまって、周りが見えなくなって

    しまいました。

     

    細かい事をあげればもっと出てきますが、大きく分けて

    この3つが今の状態になってしまった原因だと思います。」

     

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    藍ちゃんに対するニューロドクター乱夢の応援メッセージ

     

    2007108 23:04

     藍ちゃん、お元気ですか。

    今週のSamsung World Championship は選ばれた20人しか参加できない試合のようですね。

    予選落ちの心配もないようですので、藍ちゃんの復活のチャンスとなるように、祈っています。

    Nicole Castrale

    Paula Creamer

    Maria Hjorth

    Bettina Hauert

    Jeong Jang

    Cristie Kerr

    Mi Hyun Kim

    Jee Young Lee

    Sarah Lee

    Seon Hwa Lee Brittany Lincicome

    Ai Miyazato

    Lorena Ochoa

    Se Ri Pak

    Angela Park

    Suzann Pettersen

    Stacy Prammanasudh

    Morgan Pressel

    Angela Stanford

    *Michelle Wie

     

    2007106 21:43

     

    藍ちゃん、お疲れ様でした。

    賢島でのMizuno Classicのときまでには、本来の調子を取り戻してください。

    応援にいきます!

     

    2007929 08:52  

    藍ちゃん、お疲れ様でした。

    スランプが続いているようですが、近い将来に復帰し、優勝争いに参加できる

    ことを祈っています。

    賢島での試合は参加されると思いますが、

    そのころには、元気な笑顔を見られることを期待しています。

     

    2007917 00:26

     藍ちゃん、髪型を変えましたね。

    チャーミングですね。

    気分一新で、次回の試合を楽しみにしていますよ。

    あせらず。我が道を進んでください。

     

    2007911 00:59

     

    >常に前に進めなくても、1歩後退してもそこから発見する事はすごい事だと思います。今いろいろ先の事を考えて悩むより、目の前のやるべき事に集中していく事が大事なのだと思いました。

    藍ちゃん、元気になってなによりです。一歩後退二歩前進ですね。藍ちゃんの書き込みから元気をもらえて、ありがとうございます。

     

    200797 21:39  

    Gmスージー 様:

     USLPGAに日本語版がオープンの件をお教えいただき、ありがとうございます。藍ちゃんの元気な挨拶が動画で見ることができ、うれしく思いました。

    下記のコメントですが、精神内科医ではなくて、神経内科医です。USLPGAの日本語版がオープンすることをこのブログで言及したのは私です。間違っていませんよ。

    >そういえば精神内科医の乱夢先生(だったと思います。人違いだったらお許しください)が以前お知らせくださってましたよね。すっかり失念してました。

    ファン一同、藍ちゃんの新たなる復活を祈願しています。

     

    2007818 13:57

     

    藍ちゃん、お疲れ様でした。

    今期3度目の予選落ちですね。

    いつも好結果を残せるわけではないので、

    いたしかたないと思います。残念ですが。

    気分を新たに、来週から再度チャレンジしてください。

     

     2007815 22:22

     藍ちゃん、こんばんは。日本は猛暑が続いていますが、カナダはいかがでしょうか?

    Pressel選手と同組スタートですね。

    気分を一新してがんばってください。

    PS: 「基本的には、他の女子プロを取り上げないのは、暗黙の共通認識だと思いますが・・・」というコメントは基本的には間違っています。僕は藍ちゃんを応援していますし、Ochoa選手も応援しています。もちろん、藍ちゃんのほうにウエイトがありますが。Ochoa選手から学ぶべきことがたくさんあり、彼女のプレーの姿には感動を与えてくれます。藍ちゃんも同じ気持ちを共有しているものと思います。

     人々を誹謗中傷しないという最低限のルールは、ネチケットですが、あまり制約を設けるのは良くないと思います。

     

    200787 02:07

     

    藍ちゃん、学ぶことがたくさんあったということで、これからも楽しみにしています。

     

    藍ちゃんの優勝が不可能になったとき、Ochoa選手のメジャー初優勝の願いがかなうように陰ながら応援していました。

    1日目の結果を見て、彼女と藍ちゃんの優勝争いになるのでは、と期待していましたが、結果はまったくの予想外で雲泥の差となりました。

    Ochoa選手を追い越して、優勝することは至難ではないかと思いますが、誰でも、好調、不調の波があります。藍ちゃんに優勝のチャンスがめぐってくることを信じています。

    勝ちにこだわりすぎると、かえって良くない面もあるのでしょうか?無心で勝負する、クールな心、平静心も身につけてください。Ochoa選手には、その心が備わっているように思えます。

     

    200785 22:42

     藍ちゃん、すいません。引用の続きが間違っていました。

     

    「彼は特許状を交付し、セント・アンドルーズの市民に、リンクスランドでゴルフをやる「共通の権利」(communal right)を与えた。自治都市を構成する市民生活とゴルフ、そんな結びつきの中で、セント・アンドルーズのオールド・コースは、時には羊を追いながら、市民がゴルフを楽しむ聖地になった。そして、驚くことに、1913年まで、オールド・コースは、セント・アンドルーズの市民に限らず、使用料を払うことなくゴルフを楽しむことができた。

     ゴルフはクラブと共に発達したスポーツなので、セント・アンドルーズ・ゴルファーズの話も必要になるが、ここでは割愛する。ともあれ、そうした歴史を有するゴルフも、18世紀の半ば頃からその性格を変えた。それまでは市民が気軽に楽しむスポーツであったが、クラブの組織かがはじまると、特権階級による差別化が試みられた。特権階級はゴルフに規則と作法を持ち込んだ。そして、クラブとゴルフ競技を結びつけた楽しみ方を模索した。その結果、どのクラブに所属するかが重要な意味を持担うようになった。

     ゴルフの始まりは「共通の権利」を前提にした。そのことを重視し、伝統的なクラブはカンパニィ(仲間company)やソサエティ(交友society)を名称に織り込んでいる。その後クラブは特権階級によって差別化を生み出しはしたが、共同体的連帯やコミュニティの意識を努めて堅持した。そのような意識が前提になってか、ゴルフは自己申告が最優先した競技になる。自治都市セント・アンドルーズ、ゴルフの聖地セント・アンドルーズ、両者には一脈通じるものがあり、その分母には「自らを治め、自らを律する」エトスをみる。

    http://www.asahi-net.or.jp/~xq8y-sgym/bekkan/news/news_26b.html (セント・アンドルーズのゴルフ場の噺-ゴルフ場の開設は市民意識によるコミュニティの形成にあった-都市防災研究会代表補佐 小林照夫 より引用))

     

    2007730 01:30

    藍ちゃん、お疲れ様でした。

    22位タイで、よく踏みとどまりましたね。

    さすがです。

    Ochoaさんの最後の追撃は見事でしたね。

    藍ちゃんの全英オープンでのご活躍を期待しています。優勝をめざしてください。

     

    2007728 01:52  

    藍ちゃん、予選通過おめでとう。

    34日目の伸びを期待しています。

    上位陣が思ったほど伸びていないので、

    上位に行くチャンスはまだまだあります。

    集中してがんばってください。

     

    2007723 06:55

     藍ちゃん、お疲れさまでした。

    大変残念ながら、優勝は逃しましたが、準優勝です。りっぱです。

     

    これからも優勝のチャンスは必ずありますので、そのときには是非優勝してください。

     

    2007723 05:57

     藍ちゃん、ひとつ戻しましたね。

    もう少しで追いつきますね。

    逆転優勝してください。

     

    October 06

    「小人の戯れ言に付き合う暇ない」発言の舛添要一厚生労働相は大臣の資質に欠けている!

    「小人の戯れ言に付き合う暇ない」発言の舛添要一厚生労働相は大臣の資質に欠けている!

     

    舛添要一厚生労働相の最近の発言内容を見ると、彼の性格がわかる。一国の大臣としての資質に欠けていると判断せざるを得ない。

    彼はせっかちで、アバウトな性格で、尊大である。すぐに頭に来て、思いつきで指示を出している。正義の味方のようなことをしていると思っているが、とんでもない。熱血漢であることは間違いないと思うが、彼のスタイルで物事を進めると、夫婦関係が何度も破綻していることの原因が推定できる。

    悪徳医師がいる(悪徳医師はごくごく少数で例外的であるが)。したがって、医師全体も信用できないというようなものである。非常に乱暴な論理である、

    約5%の市町村で職員による年金の着服が見つかったが、あとの95%の市町村は大丈夫なのだ。いくつかの市長が抗議をしたことには、納得できる。大多数の職員は真面目に仕事をしていると思う。

    現金による決済も廃止する方針もおかしい。もう少し議論をすべきである。

     

    資料:

    年金着服:現金払いは厳禁 「けしからん」着服防止、舛添厚労相が意向

     舛添要一厚生労働相は29日、日本テレビの報道番組で、年金保険料着服・不正受給問題に関連し「横領するけしからん輩(やから)がおり、社会保険庁の窓口で掛け金を受け取るのは一切やめさせる。なるべく早く3月までにやりたい」と述べ、現金による決済を廃止する意向を示した。窓口で現金で保険料を支払っている人は全体の約1・7%で、金融機関の口座振り込みなどへの変更を要請する。同庁職員による着服・不正受給は計52件で1億6938万円。市町村職員をあわせると計153件、総額4億1321万円に達している。(毎日新聞 2007929日 東京夕刊)

     

    「小人の戯れ言に付き合う暇ない」市長からの抗議文に舛添厚労相

    102142分配信 産経新聞

     舛添要一厚生労働相は2日の記者会見で、年金保険料の横領・着服問題をめぐる舛添氏の「市町村は信用ならない」との発言に対し、一部の市長が抗議していることについて、「私に対して言うよりも、不正を働いたところの首長に言いなさいということだ。小人のざれ言に付き合う暇があったら、もっと大事なことをやらなければいけない」と反論した。

     舛添氏は9月29日に都内で記者団に対し「銀行は信用できるが、社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」などと語った。これに対し、鳥取県倉吉市の長谷川稔市長や東京都武蔵野市の邑上守正市長が、不用意な発言が年金行政全体の不信感をさらに招きかねないなどとして、厚労相に抗議していた

     

    年金の着服、95件に倍増社保庁再調査で83市町村に (共同通信)

     市区町村職員による国民年金保険料の着服問題で社会保険庁は19日、40自治体で47件が判明したとする再調査の中間速報を公表した。前回調査と合わせ33都道府県の83市区町村で95件に倍増、被害総額は約2700万円増え約2億2800万円。78件は刑事告発しておらず、25件は職員の処分もしていなかった。舛添厚労相は「7年以内の事案で刑事告発されていない場合は告発する」と強調。[ 20079192043 ]

    <舛添厚労相発言>抗議文送った倉吉市長に激励メールや電話 (毎日新聞)

     社会保険庁職員の年金保険料の着服・不正受給問題で、「市町村は(社保庁よりも)もっと信用ならない」などと発言した舛添要一厚生労働相に抗議文を送った長谷川稔・鳥取県倉吉市長あてに、支持する内容のメールや電話が1日までに30件以上届いた。長谷川市長は「こういう反応があったことに(抗議文を送った)意味がある」と話している。

     同市によると、抗議文を30日に提出した後、市役所などに市長あてのメールや電話が計約80件あった。このうち匿名の誹謗(ひぼう)中傷(約30件)を除くと、約7割が「国の責任転嫁だ」などと市長を支持する内容だった。中には、福島や宮崎県内などの市町職員を名乗る支持メールも3件あったという。

     舛添厚労相は抗議文について1日、「聞いていない」とした上で、「(着服や不正が)自分のところから出ていないということを言えばいい。あんまり大人げないこと言いなさんな」と発言。これに対し、長谷川市長は「(厚労相は)内容を見ていないようなので、見守りたい」と話した。【田辺佑介】

     ◇武蔵野市長も抗議文

     一方、東京都武蔵野市の邑上(むらかみ)守正市長も1日、舛添厚労相に「発言は市町村を含む年金行政全体への不信感を増幅しかねないもので、誠に遺憾」とする文書を送った。

     邑上市長は「窓口で住民への対応に尽力している市町村職員の士気を著しく損なうもので、看過できない」と反発している。【金田健】

    [毎日新聞10月2日]

    日本の市町村の数は、2001年(平成13年)126日の時点で、市が695、町が2,186、村が566、合計3,447であった。その後、市町村合併がすすみ、2007年(平成19年)331日の時点で、市が782、町が827、村が195、合計1,804になった。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%B8%82%E7%94%BA%E6%9D%91%E4%B8%80%E8%A6%A7 (市町村の数)

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