ranmu 的个人资料ニューロドクター乱夢随想録日志列表 工具 帮助
9月2日

産婦人科医の無罪が確定!:新聞の社説

産婦人科医の無罪が確定!:新聞の社説

 

讀賣新聞

「事件が医療界に与えた衝撃は極めて大きかった。医師が逮捕された後に、全国で多数の病院が出産の取り扱いを中止した。医学生は産科のみならず、外科など命にかかわる手術を行う分野を避けるようになった。

 

 そもそも、医師を逮捕までする必要があったのだろうか。疑問を禁じ得ない。

 

 まだ1審であり、医師の無罪が確定したわけではない。だが、医療事故に関して、警察がいきなり捜査に入る現状は危うい。」

 

コメント:まともな意見である。

 

産経新聞

 「大野病院事件はカルテの改竄(かいざん)や技量もないのに高度な医療を施した医療過誤事件とは違った。それでも警察の捜査は医師の裁量にまで踏み込んで過失責任の罪を問うた。当然、医療界は「最善を尽くして逮捕されるならもう手術はできない」と反発し、産科医離れに拍車をかけた。

 

 医療を萎縮(いしゅく)させないために、捜査当局は幅広く専門家の意見を聞くなどもっと慎重に対応すべきだった。逮捕せずに書類送検で在宅起訴して刑事立件する捜査手法もあったはずだ。ただ、今後、医療過誤に対する捜査も萎縮するような事態は避けたい。」

 

コメント:逮捕は明らかに間違いなのだ!人権侵害である。加藤医師は人権侵害と損害賠償をおこすべきである。

 

朝日新聞

 「判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴をすべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。そうした悪質な行為については、これまで通り刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきだろう。

 今回の立件は、医師の間から「ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない」と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い。」

 

コメント:朝日新聞だけが、社説で控訴すべきではないと主張した。他社の社説はなぜ主張しなかったのか!判決内容をしっかり把握していなかったのではないだろうか?

 

毎日新聞

「事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れが加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺい体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

 

 もちろん、警察権力は医療にいたずらに介入すべきではない。刑事責任を追及する対象は、明らかな犯罪行為や常識からかけ離れた医療行為などに限定すべきだ。経験や技量の不足に起因するものは、民事上の損害賠償で償ったり、行政罰に処するのが先決だろう。結果として患者を死に至らしめたとしても、懸命に救命を図った医師に手錠をはめることが社会正義にかなうとも考えにくい。」

 

コメント:県警の逮捕を容認するコメントを書いているのは、毎日新聞だけであり、あきれてしまう(社会に渦巻く医療への不信:不信をあおるようにマスコミがとりあげすぎていないでしょうか?)。そのあとの内容との整合性にかけ、矛盾している。

 

参考ブログ:

http://d.hatena.ne.jp/oguogu/20080821/1219305381

http://blog.livedoor.jp/tokumeikibon/archives/51233649.html

 

http://blog.with2.net/link.php/36571

(ブログランキングに登録していますのでよろしく)

 

 

 

無責任男:福田首相の突然の辞任

無責任男:福田首相の突然の辞任

 

9時のNHKニュースを見ていたら、9時半から福田総理の辞任表明会見があるとのことで、「アッと驚く為五郎」であった。「日本一の無責任男」とは、植木等ではなく、福田総理であった。

安倍首相に続き、政権の突然の放棄である。1か月前の内閣改造はなんであったのか!野田聖子の笑顔が消えてしまうであろうが、どんなコメントを出すか楽しみである。

 

自民党は政権にしがみつくのではなく、解散・総選挙をして、民意を問うべきである。民主党に政権を譲ってもいいのではないか。これで、自民党の支持率はまた低下していくであろう。

 

福田総理に対する新聞記者による最後の質問に対する返答は面白かった。自分では今後の展望がまったく見込めないから、泥まみれになる前に辞任したのであろう。

 

参考記事:朝日新聞から引用

 

「ひとごとのようにとあなたはおっしゃったけどね、私は自分自身のことは客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」

 

 1日午後9時半からの辞任会見の最後、感情を表に出すことの少ない福田首相が気色ばんでみせた。「会見がひとごとのように見える」と指摘した新聞記者の質問への答えに、無念の胸中をにじませた。

 

http://crazy.yabunirami.org/movie.html

 

http://blog.with2.net/link.php/36571

(ブログランキングに登録していますのでよろしく)

9月1日

NHK特集:模擬爆弾:パンプキン

NHK特集:模擬爆弾:パンプキン

 

テレビをつけたら、愛知県春日井市のことが放映されていた。原爆に関して初めて知る事実であった。原爆に関して、下記のブログを参照してください。

 

http://hranmu.spaces.live.com/Blog/cns!F6D2A9D447E0DCE9!326.entry

 

その時 歴史が動いた「模擬原爆パンプキン~秘められた原爆投下訓練~」

 

1945(昭和20)年8月、アメリカ軍によって広島・長崎に投下された原子爆弾。ここに至るまでに“もうひとつの原爆”があったことが近年明らかになった。

「模擬原爆パンプキン」。原爆が投下される直前の7月下旬からの日本本土での予行演習のため、プルトニウム原爆と形も大きさもそっくりに作り、大量の爆薬を詰めた巨大爆弾である。愛知県や山口県の教師たちがアメリカ軍の原爆投下作戦を詳述した記録を発見。

調査からパンプキンのべ49発が繰り返し日本の各地に落とされ、400人以上が死亡、負傷者も1200人以上にのぼることが判明した。アメリカ軍は、パンプキンを原爆投下予定地の周辺に落とすとともに時には市街地であればどこでもかまわずこの爆弾を投じていたのだった。

番組では、秘められたパンプキン投下の悲劇を明らかにしながら、日本の市街地を標的に進められた原爆投下計画の舞台裏を、米軍資料や研究者・空襲被災者の証言をもとに描く。

番組内容や番組中に出てきた言葉など

原爆投下部隊・第509混成群団について

日本への原爆投下を目的に創設された部隊。記録上、部隊の正式な発足日は1944年12月17日とされているが、実際には8月末に創設の準備が進められ、9月からユタ州ウェンドーヴァー基地に隊員が集められ、訓練が行われていた。

B29爆撃機15機の戦闘部隊に、輸送や補給、警備などの支援部隊を加え、自前で極秘任務を遂行できるよう編成された混成群団。「陸軍航空軍史」によれば、兵力は将校225人、兵士1542人。

「模擬原爆パンプキン」に関する米軍資料の発見について

1991年11月、愛知県春日井市の「春日井の戦争を記録する会」は、国立国会図書館に所蔵されていた米軍のマイクロフィルムの中から、原子爆弾投下のための実戦訓練として、第509混成群団が1万ポンド爆弾を投下した場所を示す日本の地図と任務の一覧表を発見し公表。

翌1992年、山口県の徳山工業高等専門学校の工藤洋三氏が、アメリカ、アラバマ州マクスウェル空軍基地にあるシンプソン歴史研究センターから第509混成群団の「特殊作戦任務報告書」などの資料を発見。その後も、工藤氏は、渡米を繰り返し、第509混成群団に関する膨大な文書、写真、フィルムなどの資料を収集。翻訳や調査研究を続けている。(NHK onlineから引用)

 

日本に対する高高度(高度3万フィート「約9千メートル」)からの人類初の原爆投下を成功させるための投下訓練と、爆発後の放射線から逃げるための急旋回(急転、退避)の訓練を目的として、米軍第509混成群団は、1945(昭和20)年7月20日から8月14日にかけて、東京、富山、長岡(新潟県)、敦賀(福井県)、福島、島田(静岡県)、焼津(静岡県)、浜松(静岡県)、名古屋、春日井(愛知県)、豊田(愛知県)、大垣(岐阜県)、四日市(三重県)、大阪、和歌山、宇部(山口県)、新居浜(愛媛県)など1都2府15県29市町(現在の自治体数)の44目標に模擬原爆49発を投下(計18任務、延べ50機)、約420人が死亡、約1200百人が負傷した(「春日井の戦争を記録する会」の調べ。なお、模擬原爆と判明したのは1991年)。

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/mogigennbaku.htmから引用)

 

春日井東部中学校区『憲法九条の会』Since2005.Nov.13

ニュースNo.4春日井市穴橋町3-2-9 電話(056883-9178

 

第四回憲法学習会『春日井戦跡巡り』レポート!

 

戦争の恐ろしさを想像できた戦跡めぐり

川合正義

 6月18日の午前、20人が集合し、幸い梅雨の晴れ間のなか、車4台に分乗して、春日井市内の主な戦跡、鳥居松工廠と鷹来工廠をめぐりました。出発前に東部中学校区「憲法九条の会」筆頭代表の三浦秀夫さんが戦時中極秘とされた当時の5万分の1の地図と体験記を参加者に配布し、地図上の鳥居松工廠

と鷹来工廠とを繋ぐ鉄道線をマーカーで色塗りしながら現在との違いをお互いに確認しました。

 まず王子製紙内の東側の一角、観音様の慰霊碑へ向かい、その碑前で碑文を読んだり、三浦さんから空襲の様子などの説明を聞きました。3月24日から25日にかけての空襲で数十人の人が犠牲になったこと、8月14日、終戦の前日に模擬原子爆弾が3発落とされたことなど、知りました。

 次に、春日井市総合体育館や名城大学農学部がある鷹来工廠跡へ行きました。外壁が灰色にくすんだ工廠本館の建物は今も使われています。玄関の上部に

は陸軍の星のマーク跡がくっきり残り、その上方には時計の文字盤のみが往時をしのばせていました。

 そこでも三浦さんの用意した資料で説明を受け、60年以上前の軍需工場に遠く長野県から動員された女学校の生徒たちの抑圧された苦痛に満ちた生活を

想像しながら、やっぱり軍国主義の日本に逆戻りさせないように、と参加者それぞれに気持ちを新たにして、福祉センターに昼少し前にもどりました。  

 フィールドワークは充実感がありますね。

 

東部中学校区「憲法九条の会」第4回憲法学習会に参加して!

川口通子

 私は5人の女性グループ(新婦人しの木班、ウォーク小組)の一人として参加しました。

 春日井の戦跡めぐりというチラシを見て今の時期にピッタリだし、春日井についてよく知らないので勉強したいと思い参加させていただきました。

 歩くことはほとんどなかったけれど、会の代表世話人の先生の説明や貴重な資料をいただけてとても有意義でした。

 戦後60年たった今も犠牲者の慰霊碑に花が手向けられていました。また当時の建物がそのまま今も使われているのに驚かされました。

 いろいろお世話してくださりありがとうございました。

 

自宅が戦中に工廠の社宅だったとは!

戸田四郎

 私の住んでいることぶき町は、鳥居松工廠の今でいう社宅と聞いている。それで戦争が終わり、払い下げになったとのこと。そのまま住んでいた人の話は今までに一度も聞いたことがない。あらためて工廠が兵器工場で、鉄砲とその弾を製造していたとは…

 

敗戦前日に、春日井に模擬原子爆弾が落とされたことを知らなかった。(長崎型原爆と同じ)

 鷹来工廠で紹介された福田光子さんの『兵器工場で迎えた卒業式』の手記は、文章もすばらしくあっという間に読んでしまった。三浦さんの説明に拍手!資料ありがとう。

 

自分の思いを言葉にしてゆく報告者・三浦秀夫さん

六月十日、「9条の会」発足二周年にあたり初の全国交流集会が開かれました。

 

「九条を世界に輝かそう」の思いを胸に、全国から一五五〇人が東京の日本青年館ホールに集まりました。

 落合幸次さんと私は東部中学校区「憲法九条の会」を代表して参加しました。落合幸次さんは、分散会で「会」の活動を報告しました。午前中は呼びかけ人の六人が挨拶をし、加藤周一さんは「9条の会」は全国で五一七四の会がで

き、この勢いで押していけば勝き、この勢いで押していけば勝つ可能性があるとの展望を示しました。小田実さんは、改憲論者は夢想的であり、自衛隊を軍隊と認めて戦争をしても、日本は石油と食料がないので戦争は無理。九条の理想を追求することのほうが現実的であると述べました。午後からは、十一の分散会に分かれて各地からの取り組みが発表されました。九条の思いをどんな言葉で伝えてきたか、ひとり5分以内で語るのは大変でした。それでも二十人以上の人が壇上に上がりました。地域や職場など実にさまざまな分野で会が作られていました。劇団、音楽、俳句、宗教者、趣味を生かしたものでは、ポスター、壁掛け、絵手紙などの同好者の集まり、さらに散歩の途中で、お食事会で、駅頭で、ランニングをしながら語りかけるなど、中にはお好み屋のおばさんがソースを9の字にかけて話しかけたり、蓮根の穴は九つあるから蓮根の会、など身近なものから話題を作っていくアイディアはとても参考になりました。

 「自分の思いを言葉にしていくこと、これがたたかいである」という参加者の発言が心に残りました。来年も春日井からたくさんの参加者があってほしいと思います。  

  

6月4日、憲法9条を守りたい春日井市内在住、在勤者の有志でつくる「春日井9条の会」の結成総会が柏原町の市中央公民館であり、二百人以上が参加しました。

 大学教授や医師、宗教者、元教師など幅広い分野から六十一人が呼びかけ

人となって発足しました。小寺富士雄さんグループによる平和の歌、松原実智子さん(俳優)の詩の朗読、小森陽一「9条の会」事務局長の「憲法9条の生

命力から今、私たちに何ができるか」の講演を聞き、郷土史家の伊藤浩さんの特別発言を聞き、憲法のすばらしさを学びました。松原実智子さんの「おかあさんの樹」の朗読は、涙なしには聴けませんでした。

 春日井市内には、準備会も含めて十三の「9条の会」があります。地域の「9条の会」からの発言もたくさんありました。東部中学校区「憲法九条の会」の代表世話人である川合正義さんが「憲法九条の会」の活動を報告しました。

 経過報告や会の目的などが全員一致で採択され、講演会や学習会を無数に開くことなどを決めました。代表世話人に、宮田陸奥男(弁護士)小栗明子(婦人科医師)森正(名古屋市立大学名誉教授)米本光世(金光教春日井教会長)

の4人が選出されました。(敬称略)

 東部中学校区「憲法九条の会」の関係では、事務局長に細江幸右さん、呼びかけ人に、三浦秀夫さん、落合幸次さんが選出されました。

http://www.aichi-article9.jp/wa/kasugaitoubu1.pdf から引用)

 

http://blog.with2.net/link.php/36571

(ブログランキングに登録していますのでよろしく)