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日志


8月24日

葛原茂樹先生からのメッセージ:教訓とモットー

葛原茂樹先生からのメッセージ:教訓とモットー

 

現在、葛原先生は日本神経学会理事長の要職につかれているが、非常に気さくな先生であり、学会などでときどきお話する機会がある。三重大学神経内科教授の退官最終講義で、彼の経験から得た教訓とモットーが述べられている。非常に含蓄のあることが述べられているので、引用する。

 

学生と若い医師・研究者諸君へ

 

信念を曲げない、権威に屈しない、長いものに巻かれない

頑張り過ぎない、欲張らない

先のことを考えない、今を一生懸命に生きる

若い時は楽をしない

武者修行をし、他人の釜の飯を食い、友人を増やす

 機会があれば未知の職場へ

 異質の人から学ぶ(まねぶ)=真似ぶ(まねぶ)

与えられた部署で誠実に役割を果たす

 年齢と経験、立場・職責に応じた働きをする

頼まれたことは断わらずに引き受ける 

 患者、同僚、上司から「頼まれる」=「頼りになる」と見込まれたことである

 

       医師としての生き方と目標

 

患者さんの訴えが一番大事=主訴は一番鋭敏なマーカー

診察を受けてよかったと思って帰っていただくことを心がける

五感を養い、自分の頭で考える

事実と目の前の現象に対して謙虚になる

権威者に盲従せず、他人の言を鵜呑みのにせず、常に自らの頭で判断する

典型事例に精通する→医学上の新発見は「違い」を感知することから生まれる

誤診例、重要例は必ず報告する→論文化は個人の経験を万人の知的財産に変える

臨床の場では常にsomething newに注意を払い、scientific clinicianを目指す

「長」がつく職になったら部下を鼓舞し育成することが大事な職務のひとつである

論文を書きなさい、その努力を怠る者は廃れて行くのみ(Publish or perish!

 

             最後に学生諸君と若人へ

 

君たちの可能性は無限大です!

奉仕の精神と高潔な志を持って高く大きく飛躍してください!

Bon Voyage!

 

「誤診例、重要例は必ず報告する→論文化は個人の経験を万人の知的財産に変える」

 

病気の鑑別がうまくいかない場合は、Pubmed を利用し、keywordをいくつか入れると、過去に発表された論文のタイトルが出てくる。非常に珍しい症例の場合、世界のだれかが論文にして報告していることが多い。世界第1例目の症例はめったにはない。本邦で2例、3例の症例は経験したことがある。そのような症例を学会発表しているが、症例報告として、論文に投稿するまでが長くかかってしまう。日常診療の多忙さ、また、つぎつぎと珍しい症例が出てくるため、英語の文献を読まないといけないとか、また、学会発表に要する時間の10倍ぐらいの労力が論文執筆に必要となるので、論文の執筆がかなり滞っている。

 

依頼原稿の場合は締め切りがあるため、締め切り2週間前になると、毎晩2時ぐらいまで原稿書きに集中する。最近書いた総説は、神経内科の「傍腫瘍性脳幹脳炎」である。引用文献が30件以内ということで、文献の取捨選択をしなければならなかった。また、最新の文献を引用したために、締め切り1週間後に原稿をメールで送付した。5月に日本神経学会があり、ペン大のDalmau教授の講演を聞いていたら、彼の最新の総説(paraneoplastic syndrome)がLancet Neurology4月号に掲載されていることが判明した。その総説では、傍腫瘍症候群の診断について、わかりやすく記載されていた。(1. Dalmau J, Rosenfeld MR. Paraneoplastic syndrome of the CNS. Lancet Neurol 2008; 7: 327. 2. Graus F, Delattre JY, Antoine JC, et al. Recommended diagnostic criteria for paraneoplastic neurological syndromes. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2004; 75: 1135.)

 

また、American Academy of Neurology.の会員になっているので、毎週電子メールで最新論文のタイトルが送られてくる。その中に、TanらによるVGKC (voltage-gated potassium channel)自己免疫の臨床スペクトラムTan KW, Lennon VA, Klein, CJ, et al. Clinical spectrum of voltage-gated potassium channel autoimmunity. Neurology 2008; 70: 1883)の論文に気づいた。早速のこの論文の要約を総説に追加した。

 

「この抗体は最初、後天的neuromyotoniaで報告され、その後Morvan 症候群、てんかん、辺縁系脳炎、発汗過多や胃腸運動不全の自律神経不全を伴うことが記載された。Tan28) らは、72例を検討し、神経症状は急性~亜急性71%、多相性46%;71%認知障害、58%てんかん、33%自律神経不全、29%ミオクローヌス、26%睡眠異常、25%末梢神経障害、21%錐体外路障害、19%脳幹・脳神経障害であった。14%がCreutzfeldt-Jakob病と誤診された。新生物は33%で確認され、18例が癌(SCLC5例、前立腺癌4例、胸腺癌3例、扁平上皮癌3例(頭部、頸部、皮膚)、乳癌2例など)、3例が血液悪性腫瘍(B-cell lymphoma、慢性リンパ性白血病、mycosis fungoides)、5例が良性腺腫、1例が胸腺腫であった。89%で免疫療法は有効であり、50%では著効した。脳神経・脳幹障害として、複視または眼のかすみ(6例)、構音・嚥下障害(4例)、視力消失(3例)、半側顔面スパスム(1例)、顔面のしびれ(1例)、嗅覚消失(1例)が見られた。」

 

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6月2日

国立大学医学部教授の給与の手取りが20万円台

国立大学医学部教授の給与の手取りが20万円台

 

去年、ある研究会の帰りに三重大学神経内科の葛原茂樹教授と駅で雑談をしていた。なんと、病院長から、平の教授に戻ったら、給料の手取りが20万円台に減少してしまったとのことで、憤慨されていた。30万円台ぐらいに下がると思っていたのが、生活に窮するほどの低額であった。ご同情申し上げたが、先日、三重大学医学部の同窓会の三医会会報が自宅に届いていた。

 

「大学病院医師の給与は何故安い?-学則と給与表から読み取る大学附属病院の位置づけと解決策―」という論文が掲載されていた。13ページにもわたる力作である。

 

表1には、本人の平成174月に医学部教授に復帰した時の給与明細、表2は、平成173月医学部附属病院長の時の給与明細が名前を隠して、掲載されていた。4月の現金支給額は219,578(本給支給額585,600)3月の現金支給額は602,935円(991,000円)であった。病院長になる前の教授の時は、40万円台だったので、今回の手取りは「想定外」の額であった。控除額の中には積立貯金の5万円と、生命保険料の27千円が含まれるので実際の手取りは30万円近くなるが。葛原教授は気づかれていないが、住民税が前年度の所得を基準として控除されるので、手取りが極端に減ったのではなかろうか。

 

医学部教授は、教育職であり、文学部教授などと同じ給与体系であるため、給与は公的病院勤務医師よりかなり安い。医学部教授は、教育、研究だけでなく、診療もやっているのに、その手当てはない。

 

先日、東京での日本神経学会総会で、養老孟司先生の講演があった。その中で、東大退官時の給与の手取りが40万円であり、パソコンを買うつもりだったが、同じ価格だったので、馬鹿らしくなって購入しなかったと述べた。また、論文を書くより、文筆業をやっていたほうがもうかると、笑って話していた。

 

名古屋大学名誉教授である塩野谷恵彦先生の「大学病院無用論」(KKロングセラーズ)は、10年前に出版されたものであるが、その中で、彼が名古屋大学医学部を退職した時(1991年)の手取りが、40万円であったと書いていた。安すぎる。売れっ子の教授は、講演会などの謝礼があり、少しは良いのであろうが、例外的であろう。

 

なお、葛原教授は、前述した論文で、解決策として、規則と組織の両面で、大学病院を「学校附属の教育実習場」から「近代的医療機関」に変えるべきであると提言し、具体的な対策を提唱している。ただし、今の国立大学法人は、財力がない。国と地方自治体からの公金の投入が必要であるとしている。詳細は、彼の論文を読んでください。

 

追伸:葛原教授は金澤一郎先生の後任として、最近、日本神経学会の理事長に就任された。

是非、神経内科の社会での認知をさらに高めてほしい。マスコミのかた!彼に取材してください。

 

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6月6日

初めてのOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)

初めてのOSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)

 

 将来的には、医師国家試験にこの臨床能力試験が採用されるのは間違いないであろう。平成10年8月下旬の金曜日、12時から5時50分まで休む暇なく、OSCEを5年生に実施した。本学では初めての試みである。僕は神経系の評価の担当で50人の学生を担当した。診察態度、脳神経所見のとりかた、反射の取り方などを評価した。評価ポイントは細かく記載されており、4分以内で検査を終えないといけないので、学生も大変だなと思うが、評価者も同様に大変だった。途中で10分間の休憩が一回だけあったのみで、かなりの強行軍だった。

 

 OSCEについて経過報告をすると、5つのステーション(区画)が配置されており、それぞれの課題は、1。医療面接、2。血圧・脈拍、3。胸部診察、4。脳神経診察、5。イチロー君(人の模型で、心臓の聴診を行う)であった。脳外科の先生が総合講義とかで、参加されなかったため、1人でやらなければならなかった。学生1人4分間で、神経系の診察・反射の評価を行った。

 

 最初の模擬患者は女性研修医であったが、僕はひさしぶりに彼女をじっくり拝見できた(僕の虎刈り頭事件の始末記を読んで、笑わなかった唯一の女性だ)。彼女には30分間模擬患者をやってもらったが、「楽しかったですか?」と聞いたら、「楽しくない」と言われた。まあ、そうだろうな、同じことを5人の学生にやられて、顔を筆で触られたり、膝部を触られたり、膝蓋腱反射ではハンマーで何度もたたかれるし、いい気分じゃないだろうなと思った。

 

 課題は、1。脳神経II ~VIIの診察をしなさい。2。膝蓋腱反射を正しく出しなさいであった。

 

 この学年は女性が40人位いる。女子学生がいるから、まだなんとか最後までやれたと思う。でも最終グループは留年組で5人のうち男が4人で僕は元気が出なかったし、もうダメだ、限界だと思ってしまった。でも、試験の合間に僕はぼそぼそと小さな声で、魅力的と思われた女性とは1ー2分、話をした。彼女は模擬患者にもなったが、テニス部所属で日焼けして目が細かったが、魅力的だった。患者の診察時に発する言葉が優しくて、さわやかで気持ちがよかった。

 

 診察が終わってから、「僕は君の患者になりたいな!」と僕は思わず言ってしまった。模擬患者の男子学生も彼女の診察時の言葉使いには感心したようだ。ああ、そうか、父が開業していると言っていたから、そうなのかと納得した。後日、臨床実習に来た時、彼女と話していたら、この夏休みに名古屋の神経内科の先生のところで2日間、患者の診察の見学をしたそうだ。しかも、その神経内科の先生は僕の出身医局の先輩だったのだ。ああ、変なことをしゃべらなかったかなと少し心配したが。

 

 今回、ハップニングが一度あり、初めての経験であった。ある女子学生が診察の半ばまでは順調にいっていたが、顔面神経のところになり、立ち往生してしまって考えあぐねていると、急に涙がぼろぼろと流れてくるではないか!しかもとめどもなく。

 

「どうしたのですか?」

「緊張すると、よく涙が出てきて止まらないのです」

「ハンカチは持っていないのですか?」と聞いたら、持ってないというので僕のよれよれのハンカチを手渡した。少し涙が減少したが、目の回りが真赤となり、近くの事務員や通りすがりの医師がいぶかしげに僕の方を見ていた。

「ああ、まいったな、どうしよう、時間が来てしまった」

 泣き虫の女子学生がハンカチを持って帰ろうとしたので、

「ハンカチを返してください」と僕が言ったら、

「洗濯して返します」と言った。咄嗟に、

「返しに来た時、変な関係とあやしまれると困るな、すぐに泣いてしまう人なら誤解されてしまう」と思って、

「いや、いいですよ、そのままで」と返事した。そうしたら、次のグループの模擬患者として、僕のところに彼女がやってきた。まだ、彼女は少々目の回りが赤かったが、恥ずかしそうな顔をしてやってきた。

「さっき、大分緊張していたね、びっくりしてしまったよ。大丈夫?」と尋ねた。

「はい、どうも、すいません、大丈夫です。」と答えた。何人かの診察が終わるにつれ、彼女の表情には笑顔が戻ってきて、平静になってきた。

「心理学の本など読んだことはあるの?」と尋ねたが、ほとんど読んでないようだった。

あまり適切なアドバイスができなかったが、臨床の場面で医者がそういう風に涙を流したりするのはよくないのでと言ったが、あまり、いいアドバイスはできなかった。

 

 女子学生の中で耳にピアスをしていた子が何人かいたし、臨床試験が終わりかけのころ、他の班の大柄で巨乳の女子学生の全然僕が知らない子が急に僕のほうへ話しかけてきた。

 

「先生、大変ですね、お疲れでしょ。ずっと昼からやっているのでしょ」

僕は、あれ、きょとんとして、そのインパクトのある肉体に圧倒されて、

「はい、疲れてしまいしました」

と答えるのみであった。一体、あの女性は何者だろうか?医学生に見えなかった。ああ、溜息!

 

 男子学生で印象の残ったのは、一人だけいた。僕は彼に「反射の達人、または、ハンマー使いの達人」 と言う称号を与えようと思った。実に反射の取り方が上手で、もしかしたら僕より上手かもしれない。模擬患者の女子学生は膝蓋腱反射(この反射は、脚気の時に消失することが多い)が出にくかったが、彼はいとも簡単に出してしまったのだ。僕は思わず、「君は、反射の達人だ!」と言ってしまった。その女子学生も自分の膝蓋腱反射が出てうれしそうだった。

 

http://www.med.hokudai.ac.jp/ko-ho/2002/01/200201-miyasaka.html (OSCE、共用試験)

http://plaza.umin.ac.jp/~ihf/memo/index.htm (OSCEマニュアル)

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2000dir/n2371dir/n2371_12.htm (OSCEの歴史)

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3月21日

木原幹洋先生、共用試験

自律神経系が専門で、長らくMayo Clinicで研究していて、その後、日本の大学に戻り、近畿大学医学部助教授だった木原幹洋先生が、共用試験対策用のテキストを出版しているのを最近知って驚いている。

呼吸器と循環器のテキストが出ているが、非常にわかりやすく、ためになる本であり、専門的分野に偏っている僕にとってはありがたい内容だ。当然、医学生にも大好評のようだ。

医師免許の更新の制度は今回、法案としては中止になったが、医学は日進月歩なので、各種の学会や研究会に出たりして、新しい情報を得たり、電子媒体からの情報も重宝している。

 

共用試験:

http://www.med.hokudai.ac.jp/ko-ho/2002/01/200201-miyasaka.html

Dr.木原幹洋の神経粋塾:

http://www.o-mission.com/kihara/index

http://web1.nazca.co.jp/hp/niigata/

 

3月16日

中野次郎、寺脇研、大平光代

10月3日

中野次郎:日米大学医学部教育制度の比較、いずみ 5:4-5、2000

「マスコミに煽動された国民が、いろいろな医療過誤の問題や治験の不透明な問題が起こると、医師に対する不信感が頻発してくる。特に最近の教授や学生の倫理的な不正事件に対して、大学当局を糾弾し、医学部の入学試験の方法のみならず医学教育全体に対する批判が叫ばれている。

 政府、金融機関、ゼネコン等の酷い不正事件に比べて、医療関係の不正事件は、以前よりも増加してきたとは思わない。医師の質を規定するマスコミの情報収集方法が強化され、広く暴露されてきたことが増加の原因であろう」

 

 三重大学の事件に関与した元医学生は今春、三重大学よりレベルの高い難関国立大学医学部に合格したことが、週刊朝日に書かれていた。一発で合格するとは、かなり優秀で死の物狂いで勉強したのだろう。未成年時代に殺人を犯した人間が、その後更正して弁護士になったという内容の記事を文芸春秋で読んだことがあるが、いたしかたないことであろう。彼らはどん底を経験し、反省し、何かを学びとったに違いない。

 

 僕が研修医のころにも医療事故を起こした医師がいたが、表沙汰にはならなかった。最近では内部告発があるし、現在ではどんな些細なミスでも、院長に即座に報告するように指導が最近あったばかりだ。

 

「政府、マスコミ、国民は、医学生を含む全ての医療関係者を批判する反面、医師の職業のみならず医学教育の現状を十分把握していない。特に、米国に比べて、国民全体、特に政府は近代医学教育の複雑性と、それを満足に遂行するには多額の予算が必要であることを理解せず、大学医学部に経済的に貢献することを軽視している」

(中野次郎:前掲論文から引用)

 医大の図書館へ行って驚いたことには、臨床系の外国雑誌の購読がほぼすべて中止になったことだ。神経内科関係でも、Neurology, Ann Neurol, Arch Neurol, Brain, J Neurol Neurosurg Neuropsychiatryが本年度から購入中止になった。図書館の担当者に理由を聞いたら、文部省の図書購入費の予算が削減されたからとの返事であった。また、大学院大学が旧一期校で認められたが、それらの大学医学部への予算は増強したが、新設医大の後発校の当大学は厳しい事情になってきている。

 

 ときどきマスコミに出ている寺脇研氏は、当大学の看護学科の開設記念講演で次のようなことを述べた。

「現在、医者の数は過剰気味で、医科大学の数も多すぎるので、少なくする方向で検討がなされている。この地方では人口が少ないのに三つの県で併せて国立大学が三つもあるのは多すぎる。一つで十分である」(富山・石川・福井県)

「今、転職する人が、多くなっているが、医者が看護婦になったということは、いままで聞いたことはないが、今後そういうこともできるようなシステムを考えたほうがよい」

 これを聞いて、僕は切れそうになった。僕が留学していたアメリカでは、看護婦が医者になれるシステムはあるとは聞いたことがあるが、医者が看護婦になるシステムは聞いたこともないし、彼の提案は目茶苦茶で医者を侮辱するものと思った。彼は最初から医者を見下したような話をした。

 また、ある雑誌で八木秀次氏が、『日本の教育を牛耳る寺脇研の正体』というタイトルで次のようなことを書いていた。

文部省大臣官房政策課長文部省が打ち出した方針(平成十四年、新学習指導要領):

「ゆとりの中で生きる力をはぐくむ」

 八木氏は寺脇氏の著作をほぼすべて検討した結果、寺脇氏が文部省内の世論をリードしているのではないかという感想を抱き、まるで彼個人の経験や思想に基づいて次の教育改革が行われているのではないかと思ったと述べている。

寺脇氏の経歴:生涯学習振興課長補佐、生涯学習企画官を経て、平成四年、初等中等教育局職業教育課長(高校総合学科の創設、職業高校の活性化、中学校における業者テストの廃止などの偏差値教育を追放、マスコミでは「ミスター偏差値」の異名をとった)、平成五年十二月〜八年三月、広島県教育長(高校入試制度の改革)、平成八年四月、文部省高等教育局医学教育課長(大学医学部の入学試験のあり方を偏差値から人物重視へと転換するよう指導)、平成九年、生涯学習振興課長、平成十一年、現職

 話はそれるが、科学(岩波書店)の最新号の巻頭言では、平成十四年、新学習指導要領を中止せよとの主張がなされていた。中学の英語の必須単語数が100語だけになるのだ。私立校がますます繁栄するだろう。

 また、最近出版された本、『「超」発想法』(野口悠紀雄著、講談社)の第9章で著者は次のように述べている。

「「知識詰め込み教育を排して創造教育を」という意見が多い。しかし、創造のためには知識が必要である。独創的な仕事をした人たちは、博識でもあった」

「詰め込み教育を排してゆとり教育を行なえば、学力が低下するだけのことだ。これによって創造力が涵養されることにはならない」

 ところで、野口氏はインターネットの教育など必要ないと述べていて、三好万季さんの論点に真っ向からの反対の意見なのだ。

「より本質的理由は「インターネットでは細切れの情報しか得られない」ことだ。(中略)今後の社会において必要とされるのは、そうした細切れ情報ではなく、それらの価値を評価し、体系づける知識のストックなのである。それをインターネットでうることは、至難の業である」

 話を元に戻そう。中野氏は次のように述べているが、このような事実を知らない国民は99%以上ではないかと思う。

「日本の国立大学の有給内科教授の数は大抵4人であるが、米国の大学の有給内科教授の数は、大抵100人を超える。日本には、准教授の職がなく大抵8人の有給助教授があるが、米国では100人に達する准教授並びに100人以上の助教授が拝命されている。その下に働く、講師、教官の数は、日本と米国では比較できないほどの差がある。そのうえ、米国の大学医学部は解放されていて、臨床教授、臨床准教授、臨床助教授の制度がある。約百年前、米国の医聖と言われたオスラーは、「患者にやさしい有能な医師」を育てるのは、このように多くの臨床医学の教授が必要であることを唱道し医学部を改革した。多くの教官がベッドサイドで医学生一人一人に教える以外に医学教育は不可能なのである」

 ペンシルベニア大学に僕の後に留学した非常に優秀なS先生が最近、ある大学の助教授を退職し、市民病院の神経内科部長に転任した。彼の所属した講座の教授選に出たのだが、惜しいことに1票差で破れてしまったのだ。その大学の教授の構成は過半数がその大学出身であり、結局その大学出身の医師が教授に選ばれてしまったのだ。落選した彼の業績と教授に就任した医師との業績は雲泥の差だったのだが(追記:その後、彼は名古屋大学環境医学研究所の神経免疫の教授に就任し、現在、大活躍している。先日、東海MS治療研究会で特別講演をしていただいた)。日本の医学部は彼のような優秀な医師を大学に残せないシステムになっている。ただ一人だけが、その講座の教授というシステムは良くないと思う。大学院大学では臓器別の教授を1人だけ選ぶように最近なってきたが、米国の足元にも及ばない。去年、名大の祖父江教授と話したことがあるが、ペンシルベニア大学では神経内科の教授が60人、ハーバード大学では100人いるという話をしていたが、聖路加病院の日野原先生も同様の趣旨の講演を行っている(http://www.medical-tribune.co.jp/special/mt-spe.htm)。

10年前は、当大学では神経内科のポストは講師1人、助手1人だけだったのだ。現在は5人に増えているが、ポストの数が圧倒的に少ないのだ。最近では市中病院の医師を臨床教授、助教授という名前を与えることになってきたが、それだけではどうにもならない。

「私が、国会議員、政府に提言したいことは、忠実に努力して蓄えた人間の収入の多くを所得税や相続税で取り上げることを考えずに、それらによる寄付金、遺産を教育、慈善に寄付する人の家族に税金控除の制度を創設することが大切である」

(中野次郎:前掲論文から引用)

 米国では、多くの国民が教育、宗教や慈善事業に寄付する。政府は寄付に対して税金を控除し、寄付を受けた大学、慈善団体がマスコミを介して寄付者の善意を広く表彰する。教授の名前でも、何とかProfessorと寄付した人の名前が冠される。

PSところで、背中に立派な入れ墨をしている女性弁護士の書いた本がベストセラーになっている。

       元暴力団妻、入れ墨の女弁護士

 先日、テレビで女弁護士の告白というドキュメンタリーを見た。中学時代のいじめが元でぐれてしまって、16歳から6年間、暴力団妻になっていたそうだ。父の友人の度重なる説得で、やくざの世界から足を洗った。両親からは縁を切られてしまった。各種資格試験に合格し、司法書士の試験にも合格した。いじめた子供たちに直接、復讐するのではなく、逆に少年非行を起こした子供たちを立ち直らせるための仕事をしたいということで、弁護士の試験を受けることにした。父親が末期癌だということを知り、彼女は死に物狂いで司法試験に合格するために勉強し、初回の試験で見事に合格した。そして母親といっしょに暮らすことになった。

 ある非行少年の少年院行きを何とかくいとめたが、観察期間中に再犯を犯し、少年院行きになってしまった。10人中1人位しか更正できないようなことを言っていた。最後の方で、彼女自身が背中を露出させ、見事というか、立派な入れ墨をあらわにしていた。

 元来、優秀な女性だったのであろう。いじめが元で落ちこぼれていった人間が立ち直り、弁護士になり、そして自分のような境涯の子供たちを更正させようとする努力には頭が下がる思いがした。

         『だから、あなたも生きぬいて』

 この弁護士のテレビ番組を見たことがあったが、映画になりそうな波乱万丈な人生なのだ。その本の中で、彼女が暴力団組長の妻になる前に覚醒剤のシャブのことが書かれていた。最近はC型肝炎陽性の入れ墨の元やくざの患者が入院することがあるが、大平光代弁護士は大丈夫かな?

        入れ墨の患者にシャブを勧められる 

 ところで、研修医になりたてのころ、下記のような経験をした。

   僕が研修医で消化器科をまわっていた時、現役のヤクザが受け持ち患者になった。なんと、彼は痔で入院していたのだった。やさしい顔をしていた僕は、その若いヤクザに次のように誘惑されてしまった。

1。シャブは気持ちがいいから、やらないか?(当時、この覚醒剤が世の中に出始めたころで、これを言われる1週間前に週刊誌でシャブの名前を知っていたからよかった)

2。男色も気持ちがいいから、やらないか?

 (いや、僕は女の方がいいんですと言ってしまった。まだ、童貞だったが(笑い))

  ヤクザの患者はアルコールによる(その当時、B型肝炎ウイルスが発見されたころだった)と思われる肝硬変が多かったように思う。ヤクザの子分は研修医が受け持ったが、親分はさすがに部長が主治医であった。10人位の子分が見舞いに来た時はこわかったが、部長に対しては、親分は頭があがらなかったようだ。

        養父の大平さんが贈った言葉

 養父となった大平さんが彼女に贈った言葉は、素晴らしい教えであり、皆様にも味わっていただきたい。

今こそ出発点

人生とは毎日が訓練である

わたくし自身の訓練の場である

失敗もできる訓練の場である

生きているを喜ぶ訓練の場である

今この幸せを喜ぶことなく

いつどこで幸せになれるか

この喜びをもとに全力で進めよう

わたくし自身の将来は

今この瞬間にある

今ここで頑張らずにいつ頑張る

    京都大仙院  尾関宗園

 この本を読んでみるとわかるが、彼女は中学レベルから勉強を始めたのだ。悪戦苦闘しているが、やる意欲があればやれるものだと思った。彼女の猛勉強の様子は下記の文章を読めばよくわかる。

「自宅では睡眠をとる以外は勉強をしている状態だった。朝八時に起床。顔を洗ったあと、朝食の用意をする。その間、基本書の重要なところを朗読したテープをヘッドホーンステレオで聞く。(中略)

 そして、眠っている時間以外はすべて、勉強していた。いや、睡眠中も勉強していたかもしれない。考えてもわからなかったことが、翌朝、目が覚めると答えがわかったということがしばしばあった」

 

 

 

1月21日

新臨床研修指導医養成講習会

新臨床研修指導医養成講習会が、1月21日から23日まであり、千葉県の海浜幕張に出かける予定だ。当院からは3人の部長が出席する。以前、大学に在籍した時に同じような講習会に出たことがあるが、一種の合宿であり、ブレーンストーミングになるのではないかと思う。特別講師には聖路加国際病院副院長の福井次矢先生の名前が出ていたが、以前は京大の教授であったが、ヘッドハンティングされたのであろうか?

 

 なお、1月末締め切りの神経内科の総説の原稿がまったく完成していないので、パソコンを持って出かけないといけなくなった。Isolated hand palsyというテーマである。原稿は締め切り間際にならないと、なかなか書けないものだ。