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7月18日 フロリダ、タイヤのバースト、ケネディ宇宙センター理系白書ブログから引用(7月17日)(スペースシャトル打ち上げ取材) >ハイウエイを走っていると、路肩にいろんなものが落ちている。 この記事を読んで、32年前のことが思い出しました。名古屋テレビの第10回海外派遣学生に選ばれて、男12人が夏休みに約50日間アメリカを旅行しました。ココビーチに向かう道路で、僕たちを乗せた車のタイヤが突然バーストしました。運転手はユタ大学の学生でしたが、慣れていたので事故にはなりませんでした。フロリダの景色は他の州と違って、熱帯の木々が多かったように思います。
http://www.spacedome.co.jp/nasa.htm
6月20日 イギリス旅行とプリオン病イギリス旅行とプリオン病
1980年から1983年までペンシルベニア大学に留学していた。1982年の秋に妻が妊娠していることが判明し、出産は日本でということで、単身生活になる前にイギリスに1週間旅行に出かけた。空港にあるレンタカーを借りて、ロンドン、バス、ストラットフォードエイボン(綴りは不確か)などをドライブしながら見学した。
その旅行で牛肉やハンバーガーを食べたのではないかと心配していたが、妻に尋ねたら、ハンバーガーを食べなかったと言っていた。ホテルは宿泊前日に電話をかけて安いホテルを予約し、けちけち旅行を行った。
ところで、英国新型CJDの原因は味をよくするために脳を加えたハンバーガーが原因であったようだ。
ある時、神経内科医が集まる機会があり、話題は狂牛病とテロだった。H先生は新型CJDがなぜ若い人に多く発生したのかと疑問を呈していた。僕は若い人ほど、ハンバーガーが好きでよく食べるからじゃないのかな?と答えたら、年寄りでも食べるのではとの反論があった。僕より年輩の先生方は僕の意見に賛成していた。H先生のもうひとつの疑問は高齢者がたくさん汚染されたハンバーガーを食べたら、新型CJDのタイプではなくて、通常のCJDの病理組織像をとるのではないかという、少しどきっとする疑問であった。それに対してはデータがないのでわからないとの結論であった。僕が前から疑問に思っているのは、たくさんのイギリス人が汚染されたものを食べていたと思われるのに、100人の発生数は少なすぎるということだった。CJDの専門家に質問したことがあるが、よくわかっていないそうだ。
最近、CJDの治療法が提案された。一つは抗マラリア薬と抗精神病薬のクロールプロマジンであり、もうひとつはプリオンに対する抗体である。ある神経病理の先生によると、CJD患者の数が最近増加しているようだ。また、多くの病院では、CJD患者の病理解剖を拒否しているそうだ。ある大学病院の病理でもCJD患者の解剖が拒否され、他の大学に遺体を輸送し、病理解剖されたこともあるそうだ。
http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bse.html(神経内科医池田正行氏のHP) http://blog.with2.net/link.php/36571(ブログランキングをよろしくお願いします)
6月16日 国際学会、ニューデリー、下痢
国際学会、ニューデリー、下痢 10数年前に神経学の国際学会でインドのニューデリーへ出張した。生水は飲んではいけないということを注意していたが、暑かったのでホテルのレストランでコーラを注文した。コーラを注文したが、喉が非常に乾いていたため、中身をよく見ずにすぐに少しだけ飲んでしまった。グラスに氷がはいっていることに気づくのが一瞬遅れてしまった。もう一人の同僚も同様に飲んでしまった。びんにはいっているミネラルウオーターを氷用に使っているかもしれないから大丈夫かなと自分勝手に解釈してしまった。そして、まあいいやと思って、全部飲んでしまった。その夜から、4ー5回下痢をして、翌日も同様だった。同僚も同様だったが、コレラではないと思った。トイレの紙を使いすぎ、つまりそうになり水があふれそうになった。また、トイレの便座の後の貯蔵槽の蓋を持ち上げて水量を加減しようと思ったが、その蓋を落としてしまい、一部破損してしまったが、そのままにしておいた。帰りの税関では特に下痢したことは申告しなかったが、皆様、何卒ご注意して下さい。アジアを旅行するときには、抗生物質のクラビットを持参していくと良い。 ホテルの庭でレセプション・パーティがあったが、蝿がいっぱい飛んでいて、野菜やその他の料理の上にとまっていたので、あまり食べる気がしなかった。寄生虫の卵を食べてしまうのではないかという危惧を持っていたためだ。デリーの都市は大気汚染がひどかったし、人の身なりも不潔な感じがして気分が悪かった。タージ・マハールの宮殿はよかったが、壁に埋め込まれていた宝石はほとんど盗掘されていた。
http://www.asahi-net.or.jp/~HQ2S-SN/indo/tajimaharu1.htm (タージ・マハール)
6月14日 あえぎ声、モーテル大学の教養部時代の2年間は、3畳一間の下宿住まいであった。同級生が僕の部屋の向かいに住んでいた。彼は岡崎で耳鼻科を開業しているが、彼の好きな作家は吉行淳之介で、 “砂の上の植物群”と言う本を読んでいたが、性的な本であったが、僕はあまり好きではなかった。1階の住人の一人は中核派で、ほとんど下宿には帰ってこなかった。彼が帰ってくると、いっしょによく麻雀をやっていた。ある日、徹マンをしていたら、腰が痛くなり、それ以後腰痛が持病になってしまった。その下宿の住人で他学部の学生がいたが、昼間から女を連れこんで、男女の営みに励んでいた。彼は僕の下の階の部屋に住んでいたが、そのあえぎ声が聞こえてくるのにはまいってしまった。まるで、さかりのついた猫のようであった。
アメリカに留学していた時に同じような声を聞いたことがあった。夏休みに、2週間アメリカ東部を車で旅行した時であった。AAA(American Automobile Association: Three A, Triple A)のホテル案内ガイドを見て、電話で予約したが、モーテルを利用する事が多かった。当時の日本ではモーテルというと今のラブホテルやファッションホテルのようなものと思われていたが、アメリカでは、モーターホテルで、よく家族旅行をする時に利用するところであった。メイン州だったと思うが、あるcottage形式のモーテルに停まった。朝方に目を覚ますと、壁の向こうから女性の悩ましい声が聞こえてきた。XXXの映画でお目にかかる激しい場面そっくりの声であった。何事かと思い、外に出て見ると、見知らぬ車が駐車してあった。車には多彩な飾りがしてあり、Just Marriedという文字が後ろの窓に書かれていた。そうか、新婚さんかと思い、納得したが、すごく激しいなと感心してしまった。
http://blog.with2.net/link.php/36571(ブログランキングをよろしく) 1月26日 パリでの女難
1月26日 パリでの女難
先日の研修会で、最も印象に残った学習体験を絵にして発表する機会があった。パリの地下鉄でスリにあった出来事をしゃべったが、本当はもっとこわい体験をしている。僕のHPに書いてあるのを引用する。
僕が今まで一番危険なこと、命を落とすかもしれないと思った出来事を報告する。恥ずかしい経験が多いが、これから海外旅行へいく男性諸君の参考になるかもしれない。
国際神経病理学会がスウェーデンのストックホルムで開催され、人培養オリゴデンドロサイトとアストロサイトのγーインターフェロンに対する作用について発表した。発表後にコペンハーゲン、そしてパリに出かけた。パリではサン・ペトリエール病院の神経生化学(胎児の脳細胞の移植が行われていた)の教室でセミナーを開くために立ち寄ったのだ。パリのホテルに到着して、すぐに夜のショーを見物にいこうと思って、一人でモンパルナス通りを歩いていたら、急に男の人がやってきて、50ドルで面白いショーがみられますよと言われた。本当は違う所のショーを見たいと思っていたが、強引にその男が引っ張るので、まあいいかと思ってその店に入ってしまった。
そのバーは暗い雰囲気の所で、中東系らしき客が5ー6人いた。ショーが始まりそうだったが、僕の横に若い女の子がやってきて、ワインを開けようとした。僕は注文していなのにおかしいと英語で言った。それで、これはあやしい、だまされたかと思い、もう帰ると言って、50ドルを払おうとした。請求書を見たら、何と800ドルの金額が書いてあった。おかしい、インチキだと英語で反駁したが、ノンと言われた。僕は50ドルだけ払って帰ろうとしたら、身長2m位の大男が二人、僕の前に立ちはだかった。僕は最初、こういう事は違法だとか、君たちは神を信じていないのかとか、最後はお客に向かって助けを求めたが、まったく無反応だった。ここで800ドルも出したら、持ち金の大半がなくなるし、もし出さなかったら、奥に連れ込まれて殺されるかもしれないと思ったので、もう一度懇願した。
”Forgive me , please. I don't have enough money to pay. I will pay 400 dollars, and so please forgive me."
と何度もマダムに懇願した。しばらくすると彼女は手をあげて、こちらの要求を受け入れてくれた。ああ、命拾いしたと思ったが、そして急ぎ足でホテルに戻った。
翌日は日曜日だったが、昨夜の件で僕はもう懲り懲りしたので、その日はおとなしく市内バス観光に加わった。たまたま日本人が隣に乗り合わせたので、ちょっと恥ずかしかったが、実は昨晩えらい目にあいましたという話をしたら、驚いたことに、その日本人の旅行者も昨夜、同じ通りで全く同じように声をかけられ、高額のお金を払わされたのだった。偶然だったが、類は友を呼ぶのであろうと、お互い苦笑いしていた。もう一人の洗練された顔つきのビジネスマンが(東京プリンスホテルに勤務)、一言即座に言った。
「それは新宿の歌舞伎町でよくあるキャッチ・バーと同じですよ」
と言われた。田舎から出てきた日本人がパリでもよく被害にあうそうですよと言われたが、ああ、そうかと自分のエロさ加減と常識不足を恥じ入った。
昔から女難の相がありと思っていたが、それ以後は危険そうな場所はできるだけ避けるように心がけている。
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