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日志


10月21日

トルストイ:文読む月日:スラートの喫茶店(ベルナルダン・ド・サン・ピエール

 

トルストイ:文読む月日:スラートの喫茶店(ベルナルダン・ド・サン・ピエールJacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre

 

この書物は総勢170人ものぼる聖賢の名言を晩年のトルストイが100回以上の推敲を重ねて6年の歳月を費やして完成させた名著である。その中で、特に感銘を受けたものを引用する。中東における宗教対立は日本人には理解しがたい。宗教・信条の違いをのりこえて、大いなる和解が必要である。

 

文読む月日(上)318350(ちくま文庫)より引用:

 

インドのスラートの町に喫茶店があった。そこにいろんな土地からの旅行者や外国人たちが集まって、よくお喋りをするのだった。

 あるときにそこにペルシャ人の神学者がやってきた。彼は生涯神の本性の研究を続け、その方面の書物を読んだり書いたりしていた。あまり長いこと神について考えたり読んだりしているうちに、気が変になり、頭の中がすっかり混乱して、とうとう神を信ずることをやめてしまった。

 そのことを知った皇帝は、彼をペルシャの国から追放した。

 そのように生涯宇宙の第一原因は何か?などと考え続けて頭が混乱した哀れな神学者は、自分が理性を喪失してしまったことを悟らないで、もう世界を支配する最高理性者など存在しないと考えるようになった。

 この神学者には、どこへでもお供をするアフリカ人の奴隷がいた。神学者が喫茶店へ入ると、アフリカ人は戸口の外の庭の石の上に太陽にあぶられながら坐って、たかってくるハエを追い払っていた。神学者は喫茶店のなかのソファに横になって、アヘンを注文した。アヘンを飲み干して、それが彼の脳裏に作用し始めると、彼は奴隷に向かって言った。

「おいこら、汚らわしい奴隷め、きさま、どう思う?神様はいるのか、いないのか?一つ言ってみろ」

「もちろんいますよ!」奴隷はそう言って、すぐに帯の間から小さな木製の偶像を取り出した。「ほら、これが神様です。この神様が、私がこの世に生まれて以来、私を守ってくださっているのです。この神様は私たちの国でみんなが礼拝する聖木の枝でできているのです」

神学者と奴隷のあいだのその話を聞いていた喫茶店の人々はびっくりした。神学者の質問にも驚いたけれども、奴隷の答えにはもっと驚いたのである。

 奴隷の言葉を聞いた一人のバラモンが彼に向かって言った。

「なんという阿呆だろう!神様が人間の帯のあいだにいるなんて、そんな馬鹿な話があるものか!神は唯一つ ― ブラーマだ。このブラーマは全世界よりも偉大なのだ。なぜなら彼が全世界を創造したのだから。このブラーマは唯一の偉大な神様であって、この神様のためにガンジス川のほとりにたくさんの神殿が建てられ、そのなかにひたすらその神に仕えるバラモン僧たちが祈りをささげているのだ。このバラモン僧たちだけが真実の神を知っている。二万年もの歳月が過ぎて、世界中にいろんな変化が生じたけれども、バラモン僧たちは相変わらず昔のままである。なぜなら、唯一の真実の神ブラーマが彼らを庇護しているからなのだ」

バラモンはみんなを説得しようと思ってそう言った。ところが、そばにいたユダヤの両替商が彼に反駁した。

 

「いやいや、真実の神の神殿はインドにはない!…神はバラモンたちを庇護したりはなさらない!真実の神はバラモンたちの神ではなく、アブラハム、イサク、ヤコブの神である。真実の神は己の唯一の民イスラエルのみを庇護されるのだ。神は天地創造以来、絶えずわれわれイスラエル民族だけを愛してきたし、今も愛している。われわれの民族が現在地球上に離散しているといっても、それは単なる試練に過ぎず、神はその聖約どおり、いつかまた己の民族をエルサレムに集め、昔ながらのあの偉大なエルサレムの神殿を再建し、イスラエル民族を世界諸民族の支配者となされるのだ」

ユダヤ人はそう言って泣きだした。そしてなおも言葉を続けようとしたが、そばにいたイタリア人が彼を遮った。

「あなたのおっしゃることは間違いです」とイタリア人はユダヤ人に向かって言った。

「あなたの神は不公平を押しつけていられる。神がある一つの民族をほかの民族以上に愛されるはずはありません。その反対に、たとえ以前はイスラエル民族を庇護されたとしても、神がイスラエル民族に怒り、怒りのしるしにその民族としての独立を奪い、世界中に離散せしめたまいて以来、今や千八百年の歳月を閲し、そのためユダヤ教の信者は世界に広まらないばかりか、わずかにあちこちで気息奄々としているていたらくではないですか。

 神はいかなる民族をもえこひいきはなさらず、救済を欲するすべての人々を、唯一のローマ・カトリック教会の懐のなかで救済なさるのです。ローマ・カトリック教会以外にはどこにも救いはありません」

そんなふうにイタリア人は言った。しかしそばにいたプロテスタントの牧師が、顔面蒼白になってカトリックの神父に反駁した。

「あなた方の信仰のなかだけに救いがあるだなんて、よくもそんなことが言えたものですね!はっきり言いますが、福音書の教えに従って、イエスの定めた掟を守って、精神と真実をもって神に仕えるものだけが救済されるのですぞ」

そのとき、そばに坐ってえらそうな顔をしてパイプをくゆらしていた、スラートの税関に勤めているトルコ人が、二人のキリスト教徒に向かって言った。

「あなた方の信仰はほぼ六百年も前に、マホメットの真実の信仰に取って代わられたのです。そしてあなた方もご存知のように、マホメットの真実の信仰は、ヨーロッパでもアジアでも中国の開化された地域でも、ますます広がっています。あなた方もユダヤ人が神から見放されたこと、その証拠にユダヤ人たちがみんな蔑まれており、その信仰が全然広がらないことを認めておられるではありませんか。どうか一つ、イスラム教の真実性を認めていただきたいものですね。だってイスラム教は現に隆盛を極めており、さらにますます広がりつつありますからね。神の最後の預言者、マホメットの教えを信ずる者だけが救われるのです。それもオマール派でなくてはいけないので、アリ派は駄目です。アリ派は間違っていますから」

その言葉を聞くと、アリ派に属するペルシャの神学者が反駁しようとした。しかしそのとき店内に居合わせたいろんな国のいろんな信仰の人たちのあいだで、いっせいに大論争が始まった。そこにはアビシニヤのキリスト教徒もおれば、インドのラマ僧もおり、イズマイル教徒も、拝火教徒もいた。

 みんなが神の本性について、いかに神を拝すべきかについて言い争った。そしてみな、自分の国の人々だけが真の神を知り、いかに神を拝すべきかを知っている、と主張した。

 まさに喧喧囂囂の論争風景だった。ただ一人、孔子の教えを奉ずる中国人だけは、おとなしく喫茶店の片隅に坐ったまま、論争に参加しなかった。彼はお茶を飲みながらみんなの言葉に耳を傾けていたが、自分は何も言わなかった。

 論争の最中に彼に気づいたトルコ人が、彼に向かって言った。

「なあ中国の方、一つ私に応援してくださいよ。黙っていないで、私に有利な証言を頼みますよ。私は今あなたの国にはいろんな信仰があることを知っています。あなたの国の商人たちが何度も私に、中国人たちはあらゆる信仰のなかでもイスラム教が一番優れていることを認めて、喜んで受け入れていると話しました。一つ私の言葉の証人になってください。そして真実の神とその預言者についてあなたの考えを話してください」

「そうだそうだ、あなたの考えを話してください」とほかの人々も言った。

孔子の教えを奉ずる中国人は、眼を閉じてしばらく考えていたあと、眼を開き、着物の広い袖から両手を出して胸の上に組み、静かな落ち着いた声で話しだした。

「みなさん」と彼は言った。「私としては我執ほど信仰の問題でみんなが一致することを妨げるものはないと思うのです。聞いてくださるなら、例を挙げて説明いたしましょう」

 私は世界一周のイギリス船で中国からスラートの町へやって来ました。途中、水の補給のためスマトラ島の東海岸に立ち寄りました。昼間私たちは船を出て、島民たちの村からほど近くの、海岸のヤシの木陰に坐りました。いろんな国から来た幾人かの人たちでした。

するとそこへ一人の盲人がやって来ました。

 あとでわかったことですが、その人は、いったい太陽とは何かが知りたくて、あまりに長いあいだ一心不乱に太陽を眺めていたため、盲目になったのでした。その人は太陽の光を自分のものにしたいために、それが知りたかったのです。

 彼はそのために躍起となり、あらゆる学問に没頭しました。どうしても太陽の光をどれだけか捕まえて、それをビンの中に詰め込みたかったのでした。

 彼は一生懸命太陽を見つめつづけましたが、結局何も出来ず、ただ太陽の光に痛めつけられて目が見えなくなっただけでした。

 そこで彼は自分に向かって言ったのです。

「太陽の光は液体ではない。なぜならば、もし液体であれば瓶に流し込むことができるはずだし、風が吹けば水のように波立つはずだから。太陽の光は火でもない。なぜなら、もし火ならば水の中に入ると消えるはずだから。光はまた目に見えるから霊でもなく、動かせないから固体でもない。太陽の光が液体でも火でも霊でも固体でもないとすれば―結局太陽の光は無だということになる」

彼はそんなふうに考え、そしてまた相変わらず太陽を見つめつづけ、太陽のことを考え続けていたため、とうとう視力も理性も失ってしまったのです。

 彼はすっかり盲目になったあげく、とうとう太陽なんかもともと存在しないと思い込んでしまいました。

 その盲人と一緒に彼の奴隷もやって来ました。その奴隷は主人にヤシの木陰に坐らせ、ヤシの実を拾って行灯を作りはじめました。彼はヤシの繊維から灯心を作り、ヤシの実から油を絞ってヤシの殻に入れ、灯心をそれに浸しました。

 奴隷が行灯を作っているとき、盲人は溜息をつきながら彼に向かって言いました。

「なあおい、奴隷、俺はおまえに太陽なんかないと言ったが、そのとおりだろう?ほら、こんなに暗いじゃないか。だのにみんな太陽がどうだのこうだの…いったい太陽って何だね?」

「私には太陽ってなんだかよくわかりません」と奴隷は言いました。「私はそんなものに用がありません。でも光なら知っています。ほら今、行灯を作りました。これで照らすと明るいし、旦那様にもお仕えできるし、私の部屋のものも何でも探せます」

こう言って奴隷はヤシの殻を手にとって見せました。「ほら、これが私の太陽です」

そのときそばに松葉杖を持った者がいました。者は奴隷の話を聞くや笑い出しました。

「あなたはどうやら生まれつきの盲人ですね」と彼は盲人に向かって言いました。

「太陽とは何かも知らないなんて。私がよく教えてあげよう。太陽というのは火の玉で、この玉は毎朝海から出てきて、毎晩私たちの住む島の山陰に沈むのです。私たちはみんなそれを見ているし、あなたも眼が見えればそれが分かるでしょう」

と、こんどはそばにいた猟師がそれを聞いて者に向かって言いました。

「どうやらあなたは自分たちの住む島から出たことはないのですね。もしあならが者でなくて、ほうぼう航海に出たら、太陽がこの島の山陰に沈むのでなくて、朝、海から出たように、晩にも海に沈むことがわかるでしょう。私の言葉に間違いはありません。だって私は毎日それをこの眼で見ているのですから」

こんどはそれを聞いていたインド人が言いました。

「なんという馬鹿馬鹿しいことをおっしゃるんですか。火の玉が海に沈んでも消えないなんて考えられるでしょうか?太陽は火の玉なんかではありません。太陽は神様です。デーワと呼ばれる神様です。この神様は戦車に乗ってスペルワという黄金の山の周囲を天翔けるのです。

ときどきラグウとかケトウとかいう悪い大蛇がデーワに襲いかかって嚥み込んだりしますが、そのとき世の中が暗くなります。しかし私たちの国の神官たちがお祈りすると、神様はまた大蛇の腹から出ておいでになります。自分の住む島から全然出たことのないあなた方のような無知な人たちだけが、太陽は自分の島だけに照ると思っているのですよ」

すると、そばにいたエジプトの船主が口を切った。

「いや、それは間違っています。太陽は神様ではなく、インドやインドの黄金の山の周囲を翔んだりもしません。私は船で黒海へも行ったし、アラビアの海岸も通ったし、マダガスカルへもフィリッピン諸島へも行きましたが、太陽はインドばかりではなく、どんなところでも照らしています。太陽は一つの山の周囲をぐるぐる回ったりはしないで、日本の海岸から出てきます。ですからその国は“日本”、つまりその国の言葉で言えば“太陽の生まれる国”と呼ばれるのですが、その日本から出てきた太陽は、こんどははるかはるか西方のイギリス諸島の陰に沈むのです。私はそのことよく知っています。なぜかと言えば、自分でもいろいろたくさん見てきましたし、お祖父さんからもいろんなことを聞かされましたから。私のお祖父さんは、海の果てまで航海したことがあるんですからね」

エジプト人はなおも言葉を続けようとしたが、私たちの船のイギリス人のマドロスが彼を遮りました。

「イギリスほどみんなが太陽の動きをよく知っている土地はほかにありませんよ」と彼は言いました。

「イギリスの私たちはみんなよく知っていますが、太陽はどこからも出ないし、どこへも沈まないのです。太陽は絶えず地球の周囲を回っています。私たちはそのことをよく知っています。なぜなら私たちはたった今地球を一周してきたばかりですが、どこででも太陽とぶつかったりしませんでした。どこへ行っても、ここと同じように、太陽は朝に姿を現し、晩に姿を隠すのです」

 

 

イギリス人は棒を拾って砂の上に輪を描き、太陽が地球の周囲を運行する様子を説明しはじめた。しかし彼はあまりうまく説明できなかったので、自分の船の舵手を指さして言いました。

「実はあの男が、その、私以上に学問があるので、もっとよく説明してくれるでしょう」

舵手は賢い男で、黙ってみんなの話を聞いていて、尋ねられるまで何も言いませんでした。しかしそう言われて彼は、やおら口を開いたのです。

「あなた方はお互いにお互いを騙し、また自分自身を騙していらっしゃる。太陽が地球の周囲を回っているのではなく、地球が太陽の周囲を回っており、さらに地球は二十四時間ごとにぐるりと一回転しながら、日本やフィリッピン諸島や、私たちが今いるスマトラやアフリカやヨーロッパやアジアや、その他のいろんな土地を太陽のほうへ向けるのです。太陽が輝くのは、一つの山のためでも、一つの島のためでも、一つの海のためでも、さらには単に地球のためにでもなく、地球と同じようなほかのいろんな星のためにも輝いているのです。あなた方もみんな、自分の足の下ばかり見ないで空を仰ぎ、太陽が自分のためだけに、あるいは自分の国のためだけに輝くなどと考えるのをおやめになれば、そのことがよくおわかりになるでしょう」

世界中を何度も船で回って、何度も空を眺めた賢い舵手はそう言いました。

「そう、信仰問題での人々の迷誤と分裂とは、すべて我執から生ずるのです」

と孔子の教えを奉ずる中国人は言葉を続けた。「太陽の場合も神の場合も、道理は一つです。みんなが我執のために自分だけの神を、少なくとも自分の国だけの神を持ちたがるのです。すべての民族がそれぞれ自分らだけの神殿のなかに、全世界も包容できない神という存在を閉じ込めようとしているのです。

 いったいいかなる神殿が、神自身が万人を一つの宗教、一つの信仰に合一させるためにお建てになった神殿と比較できるでしょうか?

 およそ人間が作る神殿は、この神殿の、つまり神の世界のミニアチュアとして作られているにすぎません。あらゆる神殿に聖水盤があり、アーチがあり、灯明があり、聖像があり、古文書があり、経典があり、献げ物があり、祭壇があり、司祭がいます。しかしながら、いったいいかなる神殿に大洋のような聖水盤や、太陽や月や星のような灯明や、互いに愛し合い助け合う人間のような生きた聖像があるでしょう?いったいどこに、神の手によって人々の幸福のために至るところに播かれた恩寵ほど、神の善性をわれわれに理解させる文書があるでしょう?いったいどこに、われわれ一人一人の心に刻み込まれている経典ほどわかりやすい経典があるでしょう?いったいどこに、愛情豊かな人間が己の隣人のために行なう自己犠牲ほど尊い献げ物があるでしょう?いったいどこに、神自身が献げ物をお受けになるところの、善良な人間のハートに比すべき祭壇があるでしょう?

 われわれの神に対する理解度が高まれば高まるほど、われわれは神をよりよく知ることになる。そして神をよりよく知れば知るほど、より神に接近し、神の善性と仁慈と人々への愛とに倣うことになると思います。

 それゆえ全世界を満たしている太陽の光を見た人でも、自分の偶像に閉じこもって光のほんの一部分だけを見る迷信深い人々を非難したり軽蔑したりしないがいいと思います。またすっかり盲目になって全然光を見ない不信者も軽蔑しないがいいと思います」

孔子の教えを奉ずる中国人がそう言うと、喫茶店に居合わせた人々はみんな黙ってしまい、もう誰の信仰がすぐれているかと論争しなくなった。

(ベルナルデン・ド・サン・ピエール―レフ・トルストイ訳)

 

ジャック・アンリ・ベルナルダン・ド・サン・ピエール(Jacques-Henri Bernardin de Saint-Pierre, 1737-1814):18世紀の作家。最初、軍事技師として働いたが軍紀違反により失職し、求職のため欧州各地を転々し、ついには技師としてインド洋の小島モーリシャスへ赴いた。3年後パリに戻ったが、友人のジャン・ジャック・ルソーの勧めで主著「自然の研究」(Études de la nature)を書き、作家としての成功をかち得た。有名な小説「ポールとヴィルジニー」(Paul et Virginie)はその一部の挿話で、遠く文明から離れた絶海の孤島で育った少年少女の純愛物語は、大いに読まれた。

 

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7月16日

山村正夫:わが懐旧のイタ・セクスアリス

山村正夫:わが懐旧のイタ・セクスアリス、小説作法・小説教室(KSS出版)

 

「イタ・セクスアリス」という言葉を見つけて、この本を開いてみた。なつかしき言葉であり、ご存じのように森鴎外の著作がある。僕は瀬名秀明氏のBrain Valley公式掲示板で高校生の時の赤裸々な経験を書いてしまって、多数の方からのひんしゅくを買ってしまったことがある。山村氏の小説は一度も読んだことがないのに、その性的エピソードに興味があったこと、また山村小説教室の弟子たちの中に、瀬名秀明氏が対談されたことがある篠田節子さんの文章や今をときめく作家である宮部みゆきさんの文章もあったので、買ってしまった。

 

 その中でのさわりの部分を紹介するが、「イタ・セクスアリス」は、赤裸々すぎるので、カットする。

 

          篠田節子さんって、どんな方かな?

 

無類の女好きか、それとも求道者か:篠田節子 (p178~181)

 

小説教室の後、先生を囲んだ酒の席で、よく先生の「イタ・セクスアリス」が聞けた。本来そこに、単なる欲望を越えた人間への根源的な問いを見いだすべきなのだが、私や鈴木輝一郎など、師にふさわしからぬ愚かな弟子どもであったからたまらない。その場はたちまちのうちに猥談の巣と化し、下ネタで果てしもなく盛り上がるという事態になったのである」

 

コメント:小説教室ってあるんですね。都会はいいですね。猥談で果てしなく盛り上がるって、どんな内容だったのだろう。僕なんかのレベルでは、太刀打ちできないのだろうな?でも、盛り上がり方がすごかったのだろうな。

 

「たまたまホモセクシャルの話が出たとき、私が「だったらさぁ、先生、絶世の美少年の後ろと、あたしの前なら、どっちがいい」などと、尋ねたのは、酒が入っていたとはいえ、我ながら品が悪いもおびただしい」

 

コメント:篠田さんって、こんな発言をする作家だとは、想像だにしなかった!今でいう逆セクハラ発言だ!?(笑)

 

「僕は、男は嫌だ。どんな相手だって、女の方が百倍、千倍いい」

 

コメント:そうですね。山村先生はノーマルな男性です。この後に篠田さんは、「ひょっとすると私は、山村正夫師にセクハラをやらかした前代未聞の女弟子かもしれない。」と書いている。篠田さんは山村先生に師事して一年九カ月後に小説すばる新人賞を受賞した。この時、山村先生は次のように彼女に、にこりともせずに、口元を引き締めて、これまでにない厳しい表情で、一語一語力をこめておっしゃった。

「たいへんですっ。これからが、ほんとうに、たいへんです」

 

コメント:最初だけで、その後はダメになる作家も多い。

 

「作家という仕事の厳しさを知り尽くした方の真摯な思いであったのだろうし、自分と同じ道をいく者への、最大限の激励でもあったのだろう」

 

コメント:受賞パーティの席上、篠田さんは山村先生の首ったまに抱きついて、かさかさのほっぺにキスしたそうだ。実はこの後の記載が、彼女(小説家を志す読者の方へ)のための山村先生のメッセージがある。新人賞をまずとらないといけないが。

 

「新人賞をとったら、一年のうちに一気に書け。書いて頂点まで登りつめろ、賞をとって安心しているうちに、あっというまに時は経ち、翌年の受賞者が出る。その時には編集者と読者の関心は、新しい人に移っている。そうしたら、もう浮上はできない。それを思うと新人賞ほど怖いものはない」

 

コメント:新人賞ではないが、ずっと昔に、『赤頭巾ちゃん、気をつけて』という小説を書いて、芥川賞をもらった作家(庄司薫)がいたが、それ以後、消えてしまったが(有名ピアニストの旦那さんです)。

 

http://www.morimuraseiichi.com/shosetsuka/ (小説家入門山村教室)

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7月11日

死者と生者の仲良し時間

          「死者と生者の仲良し時間」

 

「仲良し時間」とは、鈴木秀子著の「死にゆく者からの言葉」(文芸春秋社 1700円)に出てくる言葉である。「死者と生者の仲良し時間」(文芸春秋社1333円)を購入した。後者の本の中に「けんちゃんからの贈り物」という文章が書かれている。

 

6歳:白血病。母親の友人がお見舞にきて、『死にゆく者からの言葉』という本を渡された。母:「読んでいるうちに涙が止まらなくなり徹夜して読み上げた時、不思議な力で他人への不信感が払われ、人への信頼感が深まり、自分が変わったと強く感じ、心の底から温かさがあふれてきました。人とのつながりというものを確信をもって感じ初め、3人のお医者さんに、この本を読んでもらいたいとの強い希望を持ちました。しかし、一方でこういう題名の本が、科学万能主義かもしれない医師たちに、どう受け取られるかという懸念もありました。それぞれの先生にこの本を読んで下さいと手渡すことができました。でも、どの先生も、その本については言及することはなく、やっぱり読んでくださらなかったのかとちょっとがっかりした気持ちでした

 

 けんちゃんの遺体は夜の八時ごろ家に帰っていました。だれも訪問する人はなかったのですが、10時すぎに3人のお医者さんがお悔やみに訪れました。眠っているように横たわるけんちゃんのそばに、3人の先生たちは黙って座ったまま、けんちゃんに焦点をあわせて見つめていました。

 

 終電車の時間じゃないかしらと思った途端、まるでそれを察したかのように、一番若い先生が口を開いてしゃべり始めたのです。

 

「僕とけんちゃんは仲良し時間を持ったんですよ」

 

「仲良し時間」とは、鈴木秀子著の「死にゆく者からの言葉」に出てくる言葉です。死期の近づいた病人が、その死の直前、急に元気を取り戻して、あたかも回復したように思われることがあります。その間、病人はさりげないかたちで、言い残したり、したいと思ったことを成し遂げたりするのです。世を去るにあたっての準備の時間、和解し、愛を分かち合う時間、そうした死の前のひとときは、一部の医療関係者の間で、「仲良し時間」と呼ばれています。

 

 

 亡くなる2週間前の出来事でしたが、けんちゃんは、にがい薬を水で流し込んでいたところでした。「「けんちゃん、先生、のど渇いているんだ」という言葉が、何気なくふと口をついて出ました。けんちゃんは、水のまだいっぱい入ったコップを差し出し、無邪気そのものの顔で、「先生、これ飲めば」といったんです。その時、けんちゃんに必要なのは、そのコップの水でした。けんちゃんはそれを僕にくれようとしたんです」

 

 午前1時をまわっても、先生たちは帰りませんでした。そこは、死者の家というより、心と心が交わる温かい場所になっていました。

 

 二人目の先生も仲良し時間を持ったと話し始めました。「けんちゃんが亡くなる1週間前のことでしたが、お尻に太い注射をして、「痛いよ、痛いよ」とけんちゃんが訴えるので、僕は思わず「ごめん、ごめん」といったんですね」

 

けんちゃんは、笑顔を僕の方に向けて、無邪気で素直な声でこういったんです。

「いいよ、先生、許してあげるよ」

「それを聞いた瞬間、僕は全世界から許されたような気がしました、僕のいままでの人生の中でおかした過ちや愚かさや悲惨な罪でさえ、すべて許されたおもいでした。」

「そうだ。僕はこの世に生きていることを許されているんだ。自分の存在が許されるということが、どんなに大きな価値をもつことかまざまざとわかったのです」

 

 母親は「この先生も、けんちゃんが言ったことを文字通りに受けとめてくれたんだ。そして、けんちゃんを一人の病人としてではなく、一人の人間として最後まで付き合ってくれたんだ」

 

 明け方近くに一番年輩の先生がふっと口を開きました。亡くなる前日の午後でした。けんちゃんに慰めや励ましの言葉は出ず、自分でも予期しないのに、「けんちゃん、先生疲れているんだ」と言ってしまった。けんちゃんは大きな目を見開きましたが、両目に光が差し込むのがありありと感じられました。息がもう尽きそうなけんちゃんが、必死で体をずらして、長い時間をかけ、ついにベッドの上端にたどりついて、両足と両腕を曲げ、小さく丸まっていました。けんちゃんのあえいでいた息が静まると、にっこり笑って、大きな目で広く空いたベッドを指し示して、「先生、ここに寝れば」とけんちゃんは声をかけました。

 

 

 けんちゃんを失った悲しみは深いものでしたが、その夫婦は、3人の先生に見守られながら、この世での使命を果たし終えた息子が、天に帰ったという、不思議な慰めも感じていたのでした。そうした慰めに気づくと、子供を失ったことよりも、自分たちにけんちゃんという子供が、6年間も与えられたことへの有り難さが、急に二人の心にわき起こったのでした。

 

「一人息子をなくして悲しいし、寂しいけど、もっと深いところで、感謝と喜びを感じています。人生は長さだけでは計れないものですね。けんちゃんは、親である私たちに、人間として一番素晴らしい贈り物をしてくれたと思うのです。最高の親孝行息子でした」

 

 上記の話はNHKラジオの深夜便という番組で、寝ながら聞いていたが、涙が出てくる程のいい話だった。教授は死にゆく患者との心の交流を実践されている方だが、次のような話もされていた。亡くなる直前の患者に、今何をしたいと思うかと尋ねると、次のような返事がほとんどであった。

 

1。家に帰りたい。

2。ごはんを食べたい。

3。一度でいいから、大地を歩きたい。

4。喧嘩別れした人と和解したい。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163530002/250-6286672-0319419?v=glance&n=465392 (死者と生者の仲良し時間)

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5月31日

学級崩壊を斬る、吉成真由美さんが語る

学級崩壊を斬る、吉成真由美さんが語る

 

吉成真由美さんのエッセーの要約を紹介する。(『やわらかい脳のつくり方』(新潮社)より)彼女は元NHKディレクターで、現在サイエンスライターであるが、利根川進教授の奥さんでもある。

1。クラスの人数が少ないこと:

    ボストン周辺 公立学校 1クラス22人

    私立のよい学校 低学年 12人、高学年 16人

 

    小学校6年生 数学 能力別クラス 1クラス 最大16人

            外国語クラス 8人単位

 

    学習の効率や生徒の集中度、心理的な快適度を勘案

    (日本では40余りに先生1人)

 「ホルモンのアンバランスな思春期の野獣40余匹を、どうやって1人の教師が把握できるというのか」

(コメント:野獣という表現が面白い!性衝動を抑えきれない!)

 

 2。親の学校教育への参加度が高い

「親の集まりは必ず夜7時頃から行われ、両親揃って参加するケースが大半です。(中略)親があらゆる面で積極的に学校に関わっていく。」

 

3。教科書が分厚い

  日本の教科書は薄すぎる。

 

国語:小学校2、3年から200〜300ページの本を年間8〜10冊、クラスで読む。先生が音読したり、子供たちが自分で読んだりする。

  小学5、6年になると、300〜400ページの本をクラス内で10冊、夏休みに5冊読むように、参考リストを渡される。

  小学校6年で厚さ5ミリの日本の教科書上下2冊だけ)

理科:小学6年で700ページ。内容は実験の解説や構造説明など。

   科学者の話やHIV等の解説など。読み物として十分面白い。但し、リサーチが本筋。

数学や社会科に教科書はないが、プロジェクト毎にプリントや参考書が配られる。

 自分で本やインターネットへのアクセス等で資料を集めるので、一つのプロジェクトごとにファイルが1冊が一杯になる。

(コメント:日本のゆとり教育の方針は破綻してしまったが、当然である)

 

4。教育の指針の違いが大きい

 「広く浅く」を放棄して「少なく深く」を採用

知識や思考力というのは、ある事柄を深く良く理解した時にはじめて生ずるのであるから、広く浅く学んだ事は、往々にして忘却の彼方に葬り去られるのに対し、自分で苦労して資料を集め、ディテールまでよく学んだ手法は、他の何事を学ぶ際にも応用できる筈であるという論理に基づく。

 

 教育の主眼:

 「自ら問題提起し、それについての資料を、図書館やインターネットを通して調べ、集めた資料をカードに整理し、必要な実験を行い、結果をまとめてレポートを作成する。そして最後に、自分でスライドやポスター、小道具、衣装等を作成して、クラスの皆の前で発表する。終わるとクラスの面々が、発表の良い点だけをほめ合う」

 

 コメント:医療でも採用されているProblem-oriented systemを幼少時から実践している。

 

  幼稚園から小学校2年:

  「人間関係のルール」を学ぶこと、「アートと音楽」、「観察能力の開発」

   特筆すべきは「他の人の努力をほめる」という方法をとてもよく習う事。

 

コメント:ほめられると、うれしいものだ。やる気がわいてくる。

 

  小学3年以降

    本格的なプロジェクト形式の学習

    例:ギリシャ神話、マヤ文明とインカ文明、ヨーロッパ中世史など

 

   知性に対する考え方の違い:

     情報そのものをもっている、記憶している-日本式

     情報の検索の仕方、得た情報の消化方法を知っている-今のアメリカ方式

 

  教育の潮流変化

    複数知能説の台頭

   知能は一つではなく、7つ以上の領域に分かれ発達し、その速度も個人差があり、当然個々の生徒は異なった思考回路を持ち、異なった分野を得意とする。

 

 PS:

  1)あとがきで、僕が以前、僕の掲示板で書いたのと同じような主張が

  書かれていて、うれしかった。

 「近頃は、日本の運動会に競争がないところも多いという。足の早い奴と遅い奴を一等二等三等と差別するのは良くないからだとー。ついでに弁当も無いんだとか。立派な弁当を作れない家の子が、かわいそうだから、生徒は運動会でも全員給食なんだというー。

  これはハッキリ言って偽善だ。こういう方向の平等というのは、全体主義の不毛と軌を一にする。かけ足の早いものもあれば、算数のできる者もいる。弁当の内容だって千差万別でいいじゃないか。多様な人間の存在を許さない方向に進むのは「平等」の名を借りた「専制」である。

  人間の脳には個々に必ず差異がある。差異があるからこそ、文化が生まれ、社会が豊かになる。多様性を内包しない種は、僅かな環境変化に対応できず、すぐ絶滅の危機に瀕する。」

 

2)ゆとり教育を推進していた、文部科学省の寺脇研氏は左遷されてしまった。

彼に対する批判は以前、このブログで書いた。彼は医者の数は過剰であると、言っていた。

 

ときどきマスコミに出ている寺脇研氏は、当大学の看護学科の開設記念講演で次のようなことを述べた。

「現在、医者の数は過剰気味で、医科大学の数も多すぎるので、少なくする方向で検討がなされている。この地方では人口が少ないのに三つの県で併せて国立大学が三つもあるのは多すぎる。一つで十分である」(富山・石川・福井県)

「今、転職する人が、多くなっているが、医者が看護婦になったということは、いままで聞いたことはないが、今後そういうこともできるようなシステムを考えたほうがよい」

 これを聞いて、僕は切れそうになった。僕が留学していたアメリカでは、看護婦が医者になれるシステムはあるとは聞いたことがあるが、医者が看護婦になるシステムは聞いたこともないし、彼の提案は目茶苦茶で医者を侮辱するものと思った。彼は最初から医者を見下したような話をした。

 また、ある雑誌で八木秀次氏が、『日本の教育を牛耳る寺脇研の正体』というタイトルで次のようなことを書いていた。

文部省大臣官房政策課長文部省が打ち出した方針(平成十四年、新学習指導要領):

「ゆとりの中で生きる力をはぐくむ」

 八木氏は寺脇氏の著作をほぼすべて検討した結果、寺脇氏が文部省内の世論をリードしているのではないかという感想を抱き、まるで彼個人の経験や思想に基づいて次の教育改革が行われているのではないかと思ったと述べている。

 

http://search.msn.co.jp/results.aspx?q=http%3A//ja.wikipedia.org/wiki/%25E5%25AF%25BA%25E8%2584%2587%25E7%25A0%2594 (寺脇研)

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5月30日

チーム・バチスタの栄光、神経内科医の活躍

チーム・バチスタの栄光、神経内科医の活躍

 

最近、本を読むことはほとんどなかった。最近封切された「ダ・ヴィンチ・コード」の小説は本当に面白かった。

 

「チーム・バチスタの栄光」という小説も面白かった。不定愁訴外来担当の神経内科医(最初、神経内科医がなぜ不定愁訴外来を担当するのか疑問に思っていたが)が主人公であり、それと組み、事件を解決していく厚生労働省の役人が面白いキャラクターであり、漫画を読んでいるような感覚であった。

 

最初の予想とはずれて、真犯人は別の人物であったが。捜査の手法、人物の描き方、医療に関わる問題点など、とても面白かった。先日、学会で東京に行っていた時に、テレビドラマ「医龍」でバチスタ手術がとりあげられていた。拡張型心筋症で、拡張した心筋の一部を切除して、心室を縮める手術であるが、このような手術は聞いたことがなかった。

 

現役の医師が書いた小説なので、手術などの描写は迫力があり、臨場感にあふれていた。また、大学や医局の様子が書かれており、なつかしく感じた。

 

http://search.msn.co.jp/results.aspx?q=http%3A//tkj.jp/book/book_01507901.html (宝島チャンネル)

http://search.msn.co.jp/results.aspx?q=http%3A//www.fujitv.co.jp/iryu/index2.html (医龍)

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5月29日

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』

医師の責任どこまで 遺族感情考え積極摘発

讀賣新聞:524

検察官 第5部 あすへの模索

 

この特集によると

「警察から検察への送致件数は1997年の3件から昨年は91件に増加。(中略)

 医療事件の起訴件数(略式含む)は、98年前での約50年間は137件であったが、99年から6年間で70件に上る。(中略) 

「医療現場は常に死や障害と隣り合わせ。専門知識に乏しい警察や検察に、罪となる医療を過不足なく判断する能力があるとは思えない」。

昨年4月、虎の門病院泌尿器科部長の小松秀樹医師(56)は、最高検の「医療事故研究会」に講師として招かれ、医療事件捜査を批判した。

(中略)「重大事件が相次ぎ、医療不信が高まる中。検察は遺族感情に突き動かされて刑事罰を積極的に適用してきた。しかし、すべてを刑事事件にするのがいいのかどうか」。ある警察幹部は、揺れる胸のうちをそう語る。(後略)」

 

コメント:起訴件数が増えている原因は、検察が遺族感情に突き動かされてとは、何たることだ!通常の診療に伴う死亡例まで、起訴されてしまっている。

民事ならやむをえない場合もあるが、真っ当な医師を刑事罰に適用するのは、行き過ぎだ。小松医師の本(『医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か』(朝日新聞社))は非常に評判が良く、検察幹部も読んでいるに違いないであろう。警察の幹部も読むべきである。

 

http://www.hanta.co.jp/shoseki-3.htm (判例タイムズ)

http://psychodoc.eek.jp/diary/?date=20060520 (サイコドクターぶらり旅)

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3月2日

言いたくても言えなかったひとことー医療編ー

『言いたくても言えなかったひとことー医療編ー』(ライフ企画、1997

http://www.h5.dion.ne.jp/~life-so/book/book01.html#book02

 

以前に書いた文章を一部変更して紹介する。医療関係者は読んでおいたほうが良い本だ。

 

#1 感謝・喜び・感動

 

*目を見て話を聞いてくれるあの眼科の先生、僕の充血した目には目薬よりもあなたの瞳が効きました。

eyeコンタクトは重要ですね!)

 

*「どう」と毎日ベッドサイドに来てくれる先生。薬を飲むより元気になる。「先生、白衣の裾汚れちゃうよ」(先生はベッドに寝ている私と目線を合わせるためにいつもしゃがんでくれます)

(患者と同じ目線が理想的!)

 

*「おじいちゃんは木や花のように自然に枯れていっているんですよ」祖父が老衰で亡くなる前日の忘れがたい先生の言葉です。

(枯れていくのは、自然の摂理ですね!)

 

#2 悲しみ・嘆き・お詫び

 

医者に対して:

 

*「治療の不安を医師に訴えた時、「素人のくせに、医者の言う事に逆らうな!」と言われました。私は素人ではなくて、当事者なのです」

(こんなに高圧的な態度ではいけません。医師失格です。)

 

*「高圧的で患者の心の痛みが分からぬ医者におもねるくらいなら、最新の医療機械に白衣を着せて先生と呼ぶ方がまだましに思える」

(ああ、なんたる皮肉か!困った医師がいるもんだ!)

 

*「父のがんを家族の告知した時の医師の態度。涙ぐんでいる家族に「これだからイヤだ」と吐きすてるように言った。許せない」

(禁句を言ってしまう抑制のない医者がいますね。僕は滅多のことでは患者に文句は言わないけど、理不尽な要求をしてくる患者には、ノーとはっきりと言ってしまったことがある。)

 

*「これが現代の医療なの?抗がん剤は効果なく、副作用に苦しむ患者は抗がん剤を拒否。冷たい主治医におびえて亡くなった」

(ううーーん。医療不信、医師不信だな。医師の説明が不十分なのであろう。インフォームド・コンセントは意外とやっかいなんですね。)

 

医療に対して:

 

*「病院に勤めて患者さんのために働くのだと思っていた。でも、今私は病院のために働いている気がする」

(これは、管理者ないし、上司の教育が悪いのではないかと思う。必要十分な医療をやらないといけない。)

 

*「「告知せず」これでいいのかと自分の心と押し問答。愛する人の貴重な人生を私が握り潰しているようで胸が張り裂けそうです」

(告知せずの方針はだんだん減少している。本当のことを言ってあげないと、患者が残された人生を有意義に過ごす機会を失ってしまう。緩和ケア病棟も各地にできてきている。)

 

外来診療に対して:

 

*「入院前は「三時間待ち三分診療」だった。入院後は毎日「三十秒診療」になった」

(最近は外来予約制になっていて、再診患者の待ち時間は僕の場合、15分以内になっている。1時間に10人の患者を診察している。)

 

*「朝8時に受付に並び、診察を受けたのは11時。会計をすませ薬をもらい病院を出たのは午後2時。元気じゃないといけない大学病院」

(今は、ほとんどの大学病院は予約制になっているので、これは昔の話だと思う。病院で満足度調査をやっていて、毎年、改善はされてきているが。ただし,新患数が多すぎると、待ってもらうしかない。)

 

*「「お変わりない」に三時間。「チョット検査」に二時間。「いつものお薬」に一時間。僅か三言のために今日も一日仕事。ーー外来患者」

(笑い話のようだが、最近まで、こんな外来診療があったかもしれない。14年前にある市民病院でバイトをしていた時は3時間で100人をこなしたことがあったが、3分診療どころか、1分診療を心がけていた。)

 

ナース:

*「危篤状態の彼女に私は「頑張って」と言った。彼女は苦しそうに「まだ頑張れというの?」と言った。言葉に詰まった瞬間だった」

(ううーん。難しいね。なんて言えば、いいのだろうか。じっと目をみつめて、手をやさしく握るなどの、スキンシップが良いかもしれない。)

 

*「「楽にしてほしい」という患者の叫びに私は患者の死を考えました。ごめんね。患者は「死にたい」なんて一度も言っていないのに」

(これは、よく勘違いしやすい言葉だ。)

 

*「深夜勤。30分チェックの患者をかかえた上、術後患者もいる。その一人が亡くなりホッとしている自分がいた。私は看護婦を辞めた」

(ううーん。ナースの仕事はきついからな。また、人の死に慣れっこになってしまうからな。)

 

*「注射苦手のナースだった頃、「あなたがするの?」と嫌な顔をされたことがある。しかし退職した今、その気持ちがよくわかる。天使の笑顔より痛くない注射がよいとーー」

(研修医の注射も患者に嫌われることがあった。僕は不器用だから、よく失敗していたが。)

 

#3 疑問・とまどい・不安・心配

 

医師に対して:

 

*「教授回診、ゾロゾロとやってくる、患者はベッドで身じろぎせず、じっとしている。頭上では訳もわからぬ専門用語。患者は益々不安になる」

(専門用語を使ってしまうことが多いですね。患者に説明する時は平易に説明するように心がけている。)

 

*「何気ない 医師のことばで 浮き沈み ガラス細工の 患者の心」

(その通りだと思う。自分の発する言葉には注意しないといけない。)

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1月27日

二重人格、憑依説?コリン・ウィルソン:エイリアンの夜明け

       二重人格、憑依説?

コリン・ウィルソン:エイリアンの夜明け(角川春樹事務所)

 

第一章 多すぎる解

 

1995年、意識の進化に関する会議に彼は出席した。その討論の席で、精神科医グロフは、経験した面白い症例を発表した。

 

28歳、女:激しい自殺傾向を示す抑鬱症

現病歴:16歳、夜警殺しのからんだ窃盗にかかわって服役の刑。4年後に仮釈放。麻薬とアルコール中毒。運転中に急に崖から飛び出したい、別の車に追突したいという衝動が出現。

 

この担当医から、グロフにLSD療法の依頼があった。最初の二回の治療で患者は産道でもがき苦しむ自分を再体験し、自分の葛藤と自殺傾向が誕生時のトラウマにあることに気づいたが、症状はほんの少し良くなっただけだった。

 

三度目の診療中、顔面痙攣がひどく苦しげになり、邪悪な仮面のようになった。低い男の声になり、その性格はがらりと変わってしまったように見えた。男の声は、悪魔だと名乗った。彼女にかまうなとグロフを脅し、この女は自分のものだ、奪おうとする奴は誰でもひどい目にあうぞと警告した。そして、治療を続ければグロフや同僚たち、研究プログラムにどんな災難が降りかかるかを言いたてはじめた。一同は部屋の中に「なにか異質な存在をはっきりと」感じた。

脅しの内容から、グロフ自身や助手たちの私生活について驚くほど知っていることがわかった。彼女自身がそんな詳しい知識を得られたはずがない。

 

グロフは自分を瞑想状態におき、自分と彼女の周囲に光のカプセルがあることを想像しようとつとめた。2時間後に、悪魔が主導権を握っていた彼女の鉤爪のような手が正常に戻り、邪悪な仮面も消えてしまった。

 

この憑依状態の間のことを患者はまったく記憶になかった。グロフは憑依説には賛同せず、一種のユングの元型の発現ではないかと考えた。すなわち、人類の遠い過去が発現したものという説である。

 

ウィルソンは、この症例について、二重人格と自己欺瞞の非常に魅力的な症例として考察可能でありながら、こうした解釈だけではすまされない要素があると述べた。

 

彼女は幼児期に心の深い傷を残し、犯罪者、薬物中毒者になり、同性愛者であるという罪悪感に悩んだ。そこで暴力的、反社会的な第2の自我が無意識レベルで発達し、悪魔的人格として表出し可能性は十分にある。けれども。ウィルソンは憑依説の可能性も考慮しないといけないと示唆した。

 

この症例の紹介と共に、UFOのエイリアンによるアブダクションの症例も述べて

いる。

 

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1月26日

脚気をめぐる話題:森鴎外の傲慢さ、高木兼寛の科学性合理性

    脚気をめぐる話題:森鴎外の傲慢さ、高木兼寛の科学性合理性

 

土屋雅春:『医者のみた福沢諭吉―先生、ミイラとなって昭和に出現』(中公新書)

 

 福沢諭吉は『学問のすすめ』などで誰でも知っている日本の大偉人の一人である(他の参考文献;小川鼎三著『医学の歴史』(中公新書)、小長谷正明著『脳と神経内科』(岩波新書)、平山恵造編『臨床神経内科学』(南山堂))。

 

 脚気という病気はビタミンB1欠乏による病気である。最近では医原性の病気(医者が治療により病気をおこす)の一つとして、ビタミンB1欠乏によるウエルニッケ・コルサコフ症候群が有名である。妊娠中毒症の症状には、嘔気、食思不振などがある。点滴注射で電解質や糖を補う際にビタミンB1の投与を怠った時に意識障害、運動失調、眼球運動障害が見られ(ウエルニッケ脳症)、ビタミンB1をすぐに補給しないと、さらにコルサコフ症候群という病態が出現する。コルサコフ症候群は健忘症、見当識障害、作話の三主徴を呈するが、特に新たな記憶の形成障害が観察される。障害が重い場合は、1分前に覚えた言葉も思いだせなくなる。僕の経験した患者では、症状発現早期にビタミンB1を投与したので、ウエルニッケ脳症の症状は翌日にはほとんど消失したが、コルサコフ症候群の症状のうち記銘力障害が長く残って、1カ月後では記憶が1日のみしか持続しなかった。

医原性の疾患は意外と多く、我々医師は本当に注意しなければならない。こういう症例は医療過誤裁判になることがある。1992年に保険対象からビタミンが原則的に外されたことが背景にあり、ビタミン剤はその不足の症状がみられない場合は、日常的に点滴の補液の中に入れてはいけないということになってから、その後このような症例が発生している。

 ビタミンB1は補酵素(酵素の働きを助ける)の一種で、ピルビン酸などのケト酸の代謝に関与する。

ビタミンB1にまつわるいくつかの興味深い歴史上のエピソードがある。ビタミンB1の発見者は鈴木梅太郎(1911)で、三共製薬株式会社の創設者である。

それ以前、明治時代には脚気として恐れられていた。日本の陸海軍は総兵員の三分の一が、脚気にかかった。足のむくみから始まり、しびれ、倦怠感、感覚異常などの症状が出現し、ひどい場合は心不全もおこす。 

 北里柴三郎(細菌学の祖といわれるコッホの弟子となり、ジフテリア、破傷風などの免疫療法を発明し、この業績で1901年の第一回ノーベル医学賞の対象となったが、この時、東大一派の反対で受賞者の中には彼の名前はなかった)緒方正規(東大衛生学教授)や森林太郎(鴎外)ら官学一派との論争が激しかった。当時、緒方正規が脚気の原因は脚気菌によるとする論文を発表した。北里はその論文に対して反論の論文を発表した。北里は東大の鬼子とレッテルをはられ、ドイツ留学から戻った時は四面楚歌の環境だった。

そこで、福沢諭吉は長与専斎の助言のもとに、日本初の伝染病研究所を彼のために福沢諭吉個人で開設した。森鴎外は陸軍省医務局長であり、『舞姫』で文壇に登場し、その後の作品でも優れた評価を受けたが、医人としては偏狭で官位をかさに着た、人を救う医師として許すべからざる人物であったことはあまり知られていない。

海軍軍医の高木兼寛(鹿児島医学校で英国の医師ウィリスに学んだ)は、脚気の原因は食物と関係があるのではないかと推定した。彼はその仮説を証明すべく、軍艦2隻が遠洋航海にでることになったので、航海中の食物を両群で異なるものにした。一方は従来と同じ食物、他方は白米を減じて麦を混じた上に肉類などを多くした食事にした。前者は多数の脚気患者を出したが、後者はそれが、著しく少なかった。 

 高木がこの食事原因説を何度も森に進言したが、拒否された。日清・日露戦争の時の脚気患者の数が陸軍と海軍で極端に異なった。陸軍は4万人、海軍は0人の脚気の発生であった。海軍は麦飯にかえたが、陸軍は胚芽をけずった白米を常用としていたためだった。日露戦争の時も同様の結果であったにも関わらず、森鴎外は最後まで、己の非を認める事はせずに死んでしまった。「信じられない程の傲慢さである」と、土屋雅春教授が述べている。

 

http://p-www.iwate-pu.ac.jp/~tokuhisa/watanabe/wat_20020729.html

http://www.bl.mmtr.or.jp/~shinjou/kakke.htm

http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1090197

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E9%B4%8E%E5%A4%96

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%9A%E6%B0%97

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11月27日

白楽ロックビル、女性物理学者米澤富美子氏

20001027日  白楽ロックビル、女性物理学者米澤富美子氏

 

白楽ロックビル:博士号とる?とらない?徹底大検証!(羊土社)

 去年発売された『アメリカからさぐるバイオ研究の動向と研究者』(羊土社)の本の中で、NIHの男性用トイレの高さのコラム欄が面白かったので紹介したことがあった。福岡での日本人類遺伝学会の書籍コーナーで立ち読みしていたら、内容が面白かったので購入し、帰りの汽車の中で読んでみた。斜め読みというか、コラム欄から読んでしまった。

-「本を書くと儲かる」という神話-

彼の書く本は大好評でベストセラーであるが、それでも売上部数は4000部程度だそうだ。読者の母集団が少ないからだ。柳澤桂子さんのエッセーを読んでいたら、初版は4000部と書かれていた。

 

       「実験室外の新しい職業」アラカルト

 出版編集者、新聞記者、科学評論家、マスコミ活躍者、小説家などをあげていた。バイオの科学評論家として食えている人として立花隆と竹内久美子がとりあげられていた。他には養老孟司、中村桂子、柳澤桂子、池田清彦、森岡正博、多田富雄など。また、バイオ系作家としては、安部公房、加賀乙彦、北杜夫、星新一など。新しい作家として、瀬名秀明。そのとりあげ方が面白いので引用してみよう。

「そんなジジイ作家なんか知らないって?じゃ、新しい作家をあげよう。瀬名秀明でどうだ!知ってるかあ!68年生まれで、96年に東北大学薬学研究科博士課程卒の薬学博士だあ!なんか、力んでしまった。」

 

           女性特有の問題がある

 結婚・育児について

1。面倒を見てくれる実の親(義理の親でもいい)が近所にいるか、同居している

2。保育所が近くにある

3。退職しない

4。最初から公務員または再就職可能な会社に勤める

 

 いざという時に子供の面倒を見てくれる親が近所にいるか同居している相手、それも転勤の少ない相手を選びなさいとアドバイスしている。

 

  ところで、先日、NHKラジオで慶応大学の物理学の女性教授(米澤富美子氏)がしゃべっているのを聞いたが、世の中にはすごい女性がいるものだと感心してしまった。旦那は家事・育児をまったく手伝わなかった。旦那は彼女に仕事も育児も両立できると、君ならできると小出監督流に言われたそうだ。3人の娘を育てたが、最初の妊娠が胞状奇胎だった。子宮癌になりかけの子宮筋腫で子宮全摘、リンパ節転移と反対側乳房への転移があったため、両側乳房切除(大きな自慢の乳房だったそうだ)を受けた。一時的には気分は落ち込んだが、楽天的な性格で死なないという気持ちを彼女は持っていた。彼女の性格は無鉄砲なところがあり、それが新しい研究成果の発見をもたらしたそうだ。面白かったのは、アメリカで自動車免許を5時間の実地教習のみでとることができたそうだ。その後、彼女は学会でニュージャージーからフィラデルフィアに車でいったが、旦那がついてくれると思っていたところ、独りで高速道路を運転するはめになってしまった。何度も途中で停車して方向を確かめて無事についたが、それ以後は独りでの運転に自信が持つことができ、ヨーロッパでも、車で国の間を移動したそうだ。

 

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8月4日

インターネット中毒

インターネット中毒  2001/11/04

 以前に書いた文章を改訂して紹介する。

 

          インターネットアディクション

 

 先日面白い本を買ってしまい、一気に読んでしまった。三宅マリ著「インターネット・ラブーつながりたい女たちの求めたもの」(サンマーク出版1300円)というルポである。自分にあてはまる点が多かったので、要約して紹介する。

 

「心理学者のウエッソンは、インターネットアディクションの症状として6項目をあげている。

 

1。ネットに費やす時間のために睡眠が削られる(平均5時間以下)

2。ネット活動以外の重要な活動(家庭、社会、仕事、健康管理)を無視し、何時間もネットに費やす。

3。上司、親友、配偶者などの大切な人から、ネット利用について苦情をいわれる。

4。ネットに接続していないときでもネットのことばかり考えている。

5。いますぐインターネットから抜け出ようと思い、自分に言い聞かせても、できない。

6。しばしば「ちょっとつなぐだけ」と思って初めても、気がつくと何時間もたってしまっている」

 

「依存症には、2種類あります。薬物やアルコールにおぼれる「物質依存症」と、パチンコやパソコン、インターネットに夢中になる「行動依存症」。この人たちの心の内部構造はとても似ているのです」

 

「論理的傾向が強い人、満たされない気持ちの強い人が依存症にかかりやすそうですね。経済的には恵まれているが、心は閉じこめられた状態という環境で育つところに問題があると言われています。(中略)インターネットは匿名性が高く、自分を隠して身をひそめていられることから、子供の時、つまり第1次反抗期につちかわれてきた個人人格要素が出たりするんですよ」(精神科医のコメント)

 

「取材して感じたんですが、ネットにはまってない人は、インターネットやメールでの情報収集を、いまある人間関係の維持に使っていますけど、インターネット依存症の人は、ネット上に人間関係を築こうとする傾向が見られますね」

 

「普通、人間は長所も短所も含めて全人格でつきあうんですが、パソコン上では、たとえ恋愛をしてもパーツでしかないんです。それは正常な人間関係とはいえない。アニメ世界の延長のようなものです」(精神科医のコメント)

 

http://sundayhello.com/hart/hart6.html

http://www.jema-net.or.jp/Japanese/denki/2003/de-0304/p55.pdf

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7月23日

カンブリア紀の怪物たちー進化はなぜ大爆発したか, アノマロカロス

 19984月 カンブリア紀の怪物たちー進化はなぜ大爆発したか

 

本屋で3冊本を購入した。1冊はNewton4月号地球:未来へ残したい遺産、写真がきれいであった。

 

2冊目は“カンブリア紀の怪物たちー進化はなぜ大爆発したか” (講談社現代新書)である。アノマロカロスという生物(全長30cmで、獰猛な肉食動物)が一番アピールした。NHKの番組で以前みたような気がした。

 

大野乾が実験医学という雑誌で続・大いなる仮説、脊椎動物 II 5.3億年前に存在して爆発的進化の原動力となったパン・アニマリアゲノムという概念を書いていた(単行本もあり)。このような古生物学の進展は仮説の証明に必要な化石を発見できるかにより、左右される。だから学説はかなり変動している。中国雲南省の動物相化石の発掘により、カンブリア紀の大爆発は、以前には緩慢に約4500万年を通じておこったと思われていたが、600ー1000万年の間に完了したことがわかった( Gould SJ : Nature 377: 681-682, 1995)。カンブリア紀の化石が出てくるところは、すべて当時海底だった場所である。

 

 分野が異なるが、最近、反重力の存在を示唆する天文学的観察が初めて報告され、かなり衝撃を与えた。このように、学説は時代とともに変遷するため、むやみやたらに信じすぎてはいけない。

 

http://www.nmnh.si.edu/paleo/shale/panomal.htm (anomalocaris)

http://www.trilobites.info/anohome.html (anomalocaris)

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7月21日

立花隆、私の東大論、教養、愛知万博

 かなり以前に違う掲示板(Brain Valleyの謎:神経内科医の独り言;閉鎖されている)で取り上げた立花隆氏の論文を取り上げ、コメントする。

 

私の東大論IV:東大生諸君、これが教養である(1998年文藝春秋6月号)

 

「マスとしての東大法学部卒は教養がない。これは私の生活体験からきた動かしがたい実感である」と立花氏は述べているが、聖路加国際病院理事長の日野原重明氏も、「21世紀への提言、 我が国の医療をどう導くべきか」で次のように述べている。

 

「今、日本で問題になっているのは、お医者さんに教養がない。塾で試験勉強ばかりして医学部に入って6年やりますから、本当に片輪になっている。動機づけはない。学校に入るための勉強で、医者になるための勉強ではない。日本では高校を出てから2年の進学コースで──今は進学コースと言わないで6年一貫になっていますが、もとは教養をやりましたが、だれも勉強しないから、今はやめて専門をはじめに持ってくる。だから、今の医学生は教養はほとんどない」

 

 毎年、医学の分野では新しい発見があり、医学部で学ぶ知識も莫大な量となっている。基礎医学の内容もかなり難しくなってきていている。読書の習慣が幼い時に養われていなかった医学生は医学関係以外の本は読まなくなってきたのだろう。

 

 立花氏はさらに次のように述べている。

 

「つまり、一銭の得にもならないが、自分の世界認識のあり方に大きく影響することについて、とことん熱中して議論ができる人間ということだ。」

 

 自分の場合を振りかえると、大学入学時に興味を持って読んでいた本は、バートランド・ラッセル、エーリック・フロム、フランクルなどの哲学者や精神科医の本だった。でも、こんな本を読んでいる医学生はいなかったし、議論できる相手もいなかった。孤独に思索する習慣が身についてしまった。

 

 立花氏は哲学教育の不在を指摘したが、哲学の講義は高校では倫理社会で行われている。この科目は選択科目なので、講義をとらない学生もいるのだろう。ギリシア哲学は好きだったが、カントの哲学はあまりにも抽象的で理解できなかった。

「私はかねがね、日本の中高等教育に決定的に欠けているのは、哲学の教育だと思っている。」

 

 立花氏は哲学について、さらにその意義に述べている。

 

「哲学的な思索というのは、正解がない問題について、深く考えることである。大事なのは、知識を積み上げることではなく、自分自身で推論を組立てそれを表現していく能力だ。正解がある問題にばかり取り組まされ、正解を頭に詰め込んだ優等生が勝者となる日本の中高等教育とは、根本的に教育方針が違うのである。」

 

 立花氏が次のように述べている教養人は極端に少ないのではないかと思う。僕の身近にはいないのではないかと思う。 

 

「知を獲得することも大事だが、本当に大事なのは獲得された知識ではなく、知の獲得過程で醸成された知的、道徳的な人格である。そういう人格の持ち主が教養人といわれるのである。」

 

 立花氏の述べている外国のトップエリートたちの教養の広さと深さはたいしたものだろう。彼らのエリート教育は小さい時から行われているのだろう。ところで、皇室の雅子様は外交官として、トップエリートだったし、現在もそのお役目を充分果たされている。僕が雅子様のファンというのは、外見だけでなく、その教養人として卓越していて、日本の大事な友好外交に多大な貢献をされているからだ。立花氏は外国のエリートたちとつきあいする立場のトップエリートのことを次のように言及している。

 

「つまり東大法学部をとりまく環境のすべてが、教養なんてどうでもいいのである。国内にいるかぎり、それでも何も困らない。教養がないことで本当に困るのは、企業でも官庁でも、外国の本当のエリートたちと、深いつきあいをしなければならないトップエリートたちである。そういう人たちは、そのつきあいの中で、いやでも外国のエリートたちの教養の広さと深さ、エリート社会における教養の持つ重要性を日々に痛感しているはずである。」

 

 西欧社会の社交界といわれるパーティの場がいかに大切であるかについて、立花氏は次のように述べている。

 

「西欧社会の文化が長年つちかってきた、文化としてのパーティは、全員参加型の生のドラマであり、洗練された会話や毒を隠しての会話に託して繰り広げられる知的格闘技戦でもあり、そこにおける振る舞い方ひとつで、その人の社会的評価が決まる社会的人間形成の真剣勝負の場である。」

 

 僕がペンシルバニア大学に留学していた時に、研究のボスである教授の自宅に招待され、ホーム・パーティに参加したことがあった。アメリカ人はおしゃべりで、僕は聞き役の方が多かった。僕は自分の意見を述べるのではなく、もっぱら質問することが多かった。その方がしゃべらずにすむからだった。

 

 高校での理科の学習履修率が低下してきている。医学部入学者で生物の知識は中学校レベルであることが問題となり、数年後に理科3科目履修が必須になるそうだ。僕が高校生の時、生物の教科書を見ていても、大学入試の生物の試験を解けそうになかった(実験の解釈が多かった)ので、僕は生物を選択しなかった。

 

「科学は、かつての、教養の一部門という位置づけから、すべての教養の基礎というべき枢要性を持った人間文化の中核になっている。それにもかかわらず、日本では、高校教育の中では科学教育がガタガタにされ、今や大学進学者のほとんどが、科学を総体的に学ばなくなってしまっている。かつては、だれでも理科三科目を学んだものだが、教育課程の改訂のたびに履修率がドンドン減り、いまや、物理の履修率は10%台に近づき、地学の履修率なんか、10%をはるかに切っているのである。」

 

PS:雅子様が、昨日、愛知万博を視察に来られた。僕は地元にいながら、まだ行っていない。先日、愛知医大のH教授と話したところ、4回行かれたとのこと、また、名大神経内科のH先生も10回見学に行かれたとのことで、僕もそのうちに見学に行きたい。ある外来患者は、17回行ってきたと、にこやかに話してくれた。どうも、リピーターが多いようだ。

6月28日

笑説大名古屋辞典(清水義範著)、道風記念館

愛知万博が開催されている。まだ、見学には行っていないが、9月の平日に夏休みをとっていこうと思っている。先日の土曜日に名古屋駅の構内を歩いていたが、ものすごい人で混雑していた。チャングム関連の書籍を三省堂書店で捜したが、見つからなかった。そうしたら、住居の近くの本の王国の書店でNHKのチャングムの誓いのガイドブック前編、後編を発見し、購入した。主演のイ・ヨンエは34歳であったが、もう少し若いのではないかと想像していた。端正な顔立ちは吉永小百合を彷彿させた。

 

1998年10月7日 笑説大名古屋辞典

 

笑説大名古屋辞典:清水義範著、角川文庫)を読んでいたら次のようなことが書いてあった。

 

「「大須」はういろで、「青柳」はういろうである。これも名古屋人がよそ者を見破る重要なポイントである。「ふたつの赤い提灯」が「大須」で、「白黒抹茶がーー」が「青柳」と覚えておくとよい」(引用)

 

「平安時代の三蹟(字のうまい3人)の一人、小野道風といえば、蛙が柳にとびつく姿を見て、私ももっと努力をしようと決心した話が有名である。ところで、その話からとったのだろうが、青柳ういろうのマークは柳にとびつく蛙である。そして、柳のことは英語でWillow(ウイロー)というのである。それって、非常に不思議な偶然の一致じゃないだろうか」(引用)

 

 後半の部分は笑えてしまった。この本は面白い本だが、次の文も面白い。

 

「犬山(いぬやま)なのに、ここには猿がいることで有名である」(引用)

 

日本モンキーセンターが犬山にある。

 

PS:この本にはめいだいのことも書かれていた。めいだいと言えば関東では明治大学、名古屋では当然ながら名古屋大学である。でも、そうだいとはあまり言わずに早稲田、けいだいといわずに慶応なのに、明治はなぜめいだいと呼ばれることが多いのだろう。なお、この本にはめいだいと読んではいけないのであって、正しくは、めぇーだいと呼ぶのが正しいと書かれている。

但し、野依教授がノーベル賞を受賞されたので、めいだいと言えば、名大がまず想像されるようになるだろう。

 

http://www.city.kasugai.aichi.jp/kyoikuiinkai/bunkazai/why-b1.html

(道風記念館)

http://www.kerokerodan.com/kaerutabi/008kaerutabi.html (柳と蛙)

 

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6月27日

花神、村田蔵六、おイネさん、司馬遼太郎

1984年11月9日:高知市、日本病院学会特別講演

 

原題:花神・胡蝶の夢をめぐって(未公開講演録愛蔵版Ⅴ:司馬遼太郎が語る日本、朝日新聞社、1999年2月)

 

司馬さんは、終戦直後のある時期、京都大学の記者クラブにいて(6年間)、ほとんど医学部の記事を書いていたそうだ。

 

「カルテもドイツ語から英語に変わっているころでした。島津製作所が電子顕微鏡をつくりまして、物を見る世界が画期的に変化しました。ミクロの世界に入ったのですね。」

ちなみに島津製作所のHPの歴史のページを見ると、やはりそのことが書かれていた。

 

1947年(昭和22年)          電子顕微鏡わが国初の商品化

1951年(昭和26年)          昭和天皇陛下三条工場に行幸

1953年(昭和28年)     直読式発光分析装置を開発

1956年(昭和31年)     わが国初のガスクロマトグラフを開発

1984年(昭和59年)       MRIシステムを開発

 

 ところで、「花神」はNHK大河ドラマでとりあげられた小説だが、蘭学医、村田蔵六(後に大村益次郎)の物語である。岡山出身の緒方洪庵の弟子の一人だった。シーボルトが長崎の遊妓との間の生まれた娘がおイネさんで、宇和島藩に招かれた。蔵六は長州の田舎で開業して流行らなかったが、江戸に出る前に数年間、その藩に仕えていた。妙齢のおイネさんが一人で住むのは不用心ということで、堅物の蔵六を用心棒として、一時期一緒に住んでいたそうだ。

 

 ところで、魯迅の「藤野先生」の作品に出てくる藤野巌九郎先生の甥が、藤野恒三郎という大阪大学の細菌学の名誉教授(腸炎ビブリオの発見者)で、非常な堅物だそうだ。この先生の奥さんが宇和島出身だということで、村田蔵六についても詳しく知っていた。その堅物の教授が司馬さんに、

 

「村田蔵六がおイネさんと住んでいたころ、二人の間に何かあったと思いますか」

という思いがけない質問が出てきた。司馬さんは何もなかったと答えたが、藤野先生は、

「私はあったと思います」と、堅い堅い教授が、実にうれしそうな顔をされていました。

(引用)

 

 蔵六には奥さんがいたが、少しヒステリー的だったそうだ。蔵六がテロルでやられた時に風呂場に逃げ込んだが、たまり水の中のバイ菌が入り亡くなった。何十日か大阪の病院にいたが、奥さんはこないで、おイネさんがずっと看病していたそうだ。横浜から来て看病したが、日本で最初の看護婦の免許の持ち主だったから、看病しても不思議はないが、やはり、並々ならぬことであったのではないかと推論した。

 

「きっと宇和島で何かあったんですな」と言っていた藤野先生も蔵六も堅い人です。何かあったかどうかもおもしろいけれど。村田蔵六を書いてみようと思ったのは、それが始まりのようなものでした。私の場合、小説を書こうかと思い立つ、そのきっかけは、そういうエピソードから始まることが多いようですね。(引用)

 

 おイネさんの役は浅丘ルリ子だったですね。石坂浩二と結婚する前だったか、後だったかは忘れたけれど、このドラマは面白かった。堅物の先生が急に柔らかい話をすると、その内容が記憶に残るものですね。普段の印象と較べて落差が大きいというか、インパクトのある話で面白く脳に記憶されやすい。

 

http://home.q04.itscom.net/nk0515id/pgs/stories/genin_kin.html(今日的感染症の原因菌)

http://homepage1.nifty.com/hidex/goyo/jinmei2.html (間違いやすい人名・番外編)

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6月25日

赤い氷河期(松本清張)、SARS

赤い氷河期(松本清張)、SARS (2003年の日記:一部改訂)

 

 SARSという病気が急にアジアで出現してきた。このウイルスによる呼吸器感染症が重篤であることから、僕はとっさに松本清張作の“赤い氷河期”を思い浮かべて、もしかしたら遺伝子操作が加えられた生物兵器が実験室からもれたのではないかと推測した。その作品はヒットしなかったようだが、インフルエンザウイルス遺伝子にエイズウイルス遺伝子を導入した生物兵器が使用されてしまう物語だったと思う。

 

 僕はその作品が出版される6年ほど前に、ペンシルベニア大学医学部でcorona virusの一種で脳炎を起こすJHM virus の研究をその方面で研究を始めていたSusan Weiss博士(現在ペンシルベニア大学教授)と脳の培養グリア細胞への感染実験を行っていた。その論文はMicrobial Pathogenesisに発表された。Lavi E et al: Coronavirus mouse hepatitis virus (MHV)-A59 causes a persistent, productive infection in primary glial cell cultures. Microb Pathog. 1987 (2):79-86. 

 

 しかも、その作品が発表されるころに僕は密かにエイズウイルスのヒト脳由来のグリア細胞に感染実験をウイルスの専門家と共同研究を行っていた。その成果については、医学のあゆみに報告したが、英文で書くべきであったと、後になって後悔した。

 

 ウイルスの外壁をインフルエンザウイルスの遺伝子で作り感染しやすくし、中身はエイズウイルスの遺伝子を導入するという松本清張のアイデアには驚いてしまった。

 

 NEJMの4月10日版(電子版)によると、50~60%が既知のcorona virus遺伝子が見られるそうだ。しかし、今日、喫茶店で読んだスポーツ新聞の記事によると、CD4陽性T細胞の低下が見られることが初めて明らかにされ、免疫力の低下が他の感染症の合併を容易にしているのではないかとの推論だった。まさしくエイズウイルス(HIV)の作用ではないかと思い、少し緊張した。

 

 今回の発端の医学部教授の専門は何であったのかを知りたかったが、インターネットを調べても発見できなかった。中国当局は何かを隠しているのかもしれないが。別の可能性としては動物の免疫不全ウイルスがcorona virusと自然に遺伝子組み換えがおこり、本来は人には感染しない動物の免疫不全ウイルスがcorona virusの外膜をかぶって人に侵入したかもしれない。なお、これらは僕の独断的な推論であるので、研究者たちの検索の結果を待ちたいと思う。

 

PS:2日前、熱が39度もあり、頭痛、吐き気があり、1日中寝ていた。小学校に一度だけ風邪で休んだことがあったが。今回は二度目だった。同じような患者がその3日前の外来新患でいたので、感染してしまったのかと思った。幸いなことに1日で正常に回復した。なお、薬はロキソニンとクラビットを服用したが、高熱環境でウイルスの増殖が抑えられたのかもしれない。脱水にならないように水分は十分補給したが、発汗がすごかった。

 

PS:“赤い氷河期”内容(「BOOK」データベースより)

西暦2005年、現代のペスト、エイズは猖獗を極め、患者は一億五千万人にも及ぼうとしていた。一方で世界情勢は激しく揺らぎ、改革に失敗したソ連には独裁政権が誕生し、ヨーロッパは連邦を形成しつつあった。エイズの急激な蔓延を訝しむ山上と彼の周囲に出没する謎の男・福光。背後で蠢くのは何者か? 新型エイズ・ウイルスをばらまいたのは誰か?近未来を舞台に描く長編サスペンス。

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6月11日

カール・ベッカーの霊体の研究

              カール・ベッカーの霊体の研究

 

 カール・ベッカーは霊体の出現についても研究している。彼はオカルト的な側面を省き、確認できた現象のみを研究の対象としている。“死の体験”の著作から引用、要約を試みる。

 

 その出現物と幻想の違いを明確に区別しなければならないが、最低3つの基準を挙げている。原因、連続性、客観性である。少なくとも、薬物の影響を受けていないことと健康であること。出現物は目がさめていないと見ることはできないが、幻想は目を閉じても見ることができる場合がある(これは明らかに脳が作った幻想)。

 

出現物には二種類あり、第一は本人が体外離脱しているときや、夢を見ている際に別の場所で姿を他人に見られる場合であり、第二に、同一の場所でたびたび同一の姿が、同じ行為や動作を繰り返しているところを目撃されるものである。

 

 出現物が現れた時、なぜその場にいた全員が目撃しないのかは、どうも目撃者の精神的受容性に関係するようである。羊山羊効果という法則があり、羊は受容性が強く、逆に、山羊は受容性がなく疑い深い点から、その言葉は由来している。超常現象を信じる人のほうが、その現象を体験する確率が高く、現象を否定する人は体験する確率も低い。時間帯でみると、出現物の4割は日中に、2割が夜でも照明のある場所に、残りが夜の闇に現れる。出現物の9割は目的をもっているとの報告がある。 出現物が人の死を知らせる目的を示すことはよくあることだ。

 

 出現物に関する研究は欧米で数多く行われてきたが、出現物の時間的位置づけに注目したものが多い。生存者の出現物が現れる時間と、夢の中で本人が体外離脱している時間が一致していることが発見されている。(僕も小学生の頃に、真夜中、暗い空の上に浮遊し、その下に見える町を眺めていた経験があるが、一度ぐらいはだれでもそういう経験はないだろか?)

 

 出現物の過半数は夢を見る生存者ではなく、瀕死の状態にある患者や、すでに死亡した人のものである。これらの場合でも死亡時刻と出現物の出現時間は驚くほど一致している。このような現象は、死亡原因が突然で、衝撃的な場合に起きやすい。場合によっては、その出現物が瀕死の状態にある本人とまったく同じ動作をしたり、出現物が死亡した人と同じ服装や外傷などの特徴をもっていることもある。瀕死の状態にある人の出現物は、その本人の近親者や恋人の前に現れることが多い。したがって、出現物は目撃者の想像ではなく、むしろ出現物自身の想像であることが明らかである。だとしたら、ずっと前に死亡した者の出現物はどうなるのか。脳はすでに腐敗したり、火葬されたりしているので、意識がもし脳だけに限られるものであれば、すでに消滅しているはずである。しかし、出現物が意識によるものであれば、死亡後も意識は存続しうると考えられる。

 

 ある研究から次のような論理が導かれた。

1.生存者の出現物は、その人の意識によって作られる。

2.生存者の出現物と死者の出現物の間には、何の差異も見られない。

3.1、2から、死者の出現物は、その人の意識によって作られる。

4.3から、死亡しても一部の人の意識は存続する。

 

 この存続説の研究に反論する者は、次の二つに分類される。一方は、データ自体の不足や不明確さを批判するものである。他方は、たとえデータを認めても、そのデータを理論的に解釈するために何も死後の意識の存続性を持ち出さなくても良いとする者である。データ不足を憂慮するのであれば、データの収集に協力するのは当然であろう。しかしながら、反論者は協力的な態度をまったく示していない。学問的に研究を行うにあたっては、宗教による信仰や偏見を回避しなければならないと同様に、唯物論的な信念や偏見も避けるべきである。

 

 カール・ベッカーはその後の章で超常現象への抵抗について書いてある。

 

 超常現象研究に対する抵抗は決して論理に基づいたものばかりではなく、むしろ、さまざまな抵抗の主流は、感情的もしくは宗教的な根拠に端を発している。一般に、科学者は自分の研究と直接関係し、研究を有利にする理論は積極的に勉強するが、その他の理論にはきわめて無関心である。科学者は、自分の科学理論の妥当性と優越性をたえず強調する傾向にある。

 

 クーンは、”科学界は、長い年月と努力によって一貫性のある宇宙観と方法論を確立する。そして、それを次世代の科学者に教え込み、忠実に継承することをなかば強制する。これは科学界の典型的な特徴の一つであり、科学の教育と方法論に大きな影響を与えている。”と述べた。科学者の間では、自分の学問領域のパラダイムをすべての学問や現象に通用させようとする傾向があまりにも強いので、超常現象研究は否定されてしまうのである。

 

 脳の研究でノーベル賞を受賞したジョン・エックルズ博士も、意識が脳以外に存在するという理論をたてたら、大きな反発を受けた。臨死体験研究のパイオニアであるキュブラー・ロス博士も一時的には精神病扱いされた。嘲笑への恐れは科学の理論とは無関係であっても、実際には新しい研究の開発を停滞させる原因になる。

 

 最後にカール・ベッカーは、今後も長い年月をかけ、出版やマスコミを通じて信憑性の高い情報の収集と公開を行う以外にないだろうと結論していた。

 

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4831871982/249-5329162-2849140 (死の体験)

http://ensim.onsenlink.net/~admin14/kaarubeka.htm (ベッカー教授の講演)

http://genyu-sokyu.com/intervew/03_9.html (玄侑宗久氏のインタービュー)

http://www.arcana-p.com/NagashimaNEDThanat.htm (臨死体験と死生学)

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6月4日

遠藤周作著:周作塾、読んでもタメにならないエッセー

遠藤周作著:周作塾、読んでもタメにならないエッセー(講談社文庫)

(男性用月刊誌「ペントハウス」1984年5月号から1987年12月号まで同名のタイトルで連載されたものの大部分が収録されている)

 

―名前を二つか三つ持とうよ― 遠藤周作―狐狸庵

 

名前にはそれぞれ、そこから生じるイメージがあり、それによって人は相手の性格を考えるだろうし、当人も知らずにその影響を受ける。私がもし遠藤周作という名だけで人生を押し通していたならば、自分のなかにあるユーモアの面、くだけた面は随分と制約をうけただろう。

(コメント:納得!僕も本名では、このようなブログをオープンしていては気楽に書けなかったに違いない。乱夢というHNの影響を受けて、僕の潜在的な側面が出現してきたのではないかと思う)  

 

誰だって自分のうちに色々な面を持っている。色々な才能や要素がある。色々なチャンネルを含んでいる筈だ。  

(コメント:職場では、多忙な日々である。現在、患者受け持ち数は15人であり、外来、

書類作成と休みをとる暇がないほどだ)

 

私の人生探求心と生活好奇心の二つを並存させ、それを共に成長させられたのである。

(コメント:好奇心があればこそ、探究心も出てくる)

 

=ブスがモテる法を彼女に教えてあげなさい=

 

この世のなかは顔の美醜で差別があることは確かだ。

(コメント:タレントの顔を見ると、美醜さまざまであるが、醜い顔ほど印象が強い)

 

まず自分が醜女か、どうか、はっきりみきわめるのが女性にとって大切である。その時は残酷だが次のように考えてほしい。

1。女性が自分はかなりの美人だと思う時(事実は普通平凡なり)

2。女性が自分はまあまあの顔だと思う時(事実は普通より以下の顔なり)

3。女性が、かなり悪いが、いいところもあると思う時(事実はかなり、ひどい顔)

人間、悲しいものでどんな頭のいい女性でも、おのれの顔になると採点が甘くなる。

だから申しわけないが( )内が女性の本当の顔だと思っていいのだ。

(コメント:これは男性にもあてはまるかもしれない。男性の場合は美男子とか、美少年だが)

 

2、3に該当するのなら、彼女にすすめることは次の四つである。

 

1。今、はやりの服装や服飾をするな。

 大根足がミニスカートをはいた時を考えてみたまえ。

 ごく普通の、しかし非常に清潔感のある服装をするように心がけること。

2。微笑の練習をすること。

 これは顔に自信のない女性が陥りがちな、あの陰気陰険な表情から救われる最も有効な方法である。

(コメント:微笑や笑いを見ると、確かに魅力的に見える)

3。手早くできる料理と楽器演奏(ピアノ、ギターなど)を必ず練習すること。

 友だちなどがたくさん集まる時に美人は男たちにとりかこまれるが、不器量な娘は壁の花にされる、そういう時に裏方役をわざとやってみせるのだ。みんなを 「おいしいなア」と叫ばすちょっとした料理をつくり、みなが楽しむ楽器の演奏をしてやるが、やや控えめにやる。

4。できれば英語の会話をやっておくこと。

 

 顔に自信のない娘に、心やさしい君はいつも繰りかえしてこう言ってやろう。

「男から見て、顔や形と魅力とはまったく別なんだぜ」

(コメント:美醜にとらわれると、女性の判断を間違えることがある)

 

 顔に自信のない娘と結婚してみたまえ、一生懸命に尽くしてくれるから。わがままでエゴイストの美人と結婚して不幸になるほうがいいか、多少はブスでも尽くしてくれる女性と結婚したほうが幸せか。私は自分の経験上、後者がいいと断定する。

 (コメント:最近、ぶすと結婚したというような本が出ていたように思う)

 

 美しい女と魅力ある女とは別なのだ。私のこの方法は絶対に成功する。今日までたくさんの女性から感謝状が届いているし、私が仲人して結婚した人もいるのだから。

(コメント:狐狸庵先生の意見に全面的に賛成だ)

 

=三人のお嬢さんとのデートの結論=

 

1。会った限り日本のお嬢さんの大半は無教養である。洋服、化粧と友人の噂話以外に話題を探すのに苦労するような女の子が多い。

2。こういう女の子は結婚すると関心は我が子と亭主のことばかりになり、デートをしても自分の子供の話ばかりをするようになる。他人も我が子が可愛いと勝手に思うのだ。

3。つまり人生にたいする好奇心がかなり欠如している。

4。顔はきれいでも頭のなかは貧弱である。それを御当人にわかっていないのはボーイ・フレンドたちのお世辞、おべっかを真に受けているからだ。

(コメント:狐狸庵先生ほどの教養人と比較すると、ほとんどすべての人が無教養かもしれないが。

 

=本日は医者の選び方についてタメになる話だ=

1。医師の選び方で運命が決まる。

2。一人の医師と友人になれ。

3。内科医ならば内臓の病気すべてに通じていると決して考えてはいけない。

4。気のあった医師を選べ。

(コメント:そのとおりかもしれない)

 

=孤独な若い人に、友人の作りかたを教示する=

1。まず笑顔をつくれ。

友だちのできぬ人の六十パーセントは私の観察では「顔が硬い」人である。

鏡の前にたって顔を作る練習を一ヶ月してみたまえ。

2。人からおかしがられる部分を一つ持て。

3。「相手を疲れさせない」ということ。

(コメント:笑顔は素敵な人はいいですね。納得!硬すぎる人も確かにいますね)

 

反省点:

 1。相手に劣等感を抱かせてはいないだろうか。

 2。やたらに自分の知識や能力をひらけかして相手にうるさがれていないか。

(コメント:インターネットの掲示板などで僕が書きすぎていて反感を受けたことがあるのはどうもこのためではないかと思う。その後に自分の掲示板を持つようになったが)

 3。やたらに他人の悪口を言っていないだろか。

 誰だって他人に劣等感を抱きたくはないものだ。だから、ヤケに自分の頭のよさや知識をひらけかす男と長時間いたいとは思わぬものである。尊敬の感情よりもしんどいという感情の方が先だってしまう。

 また、やたらに第三者の欠点を鋭く批判する人がいるが、それは一時的な共鳴をよんでも、他人に親愛感をよび起こさせはしない。自分もまたこの男の批判の眼にさらされるのではないかという気持ちを起こさせるからだ。

4。聞き上手になれ。

 どんな人間でも自分の話を感心して、あるいは熱心に聞いてくれる相手には好意を持つものだ。私などのようなおしゃべりはそういう聞き上手に出会うと「こいつはイイ奴だな」と思わず思ってしまう。

5。何か趣味を持て。

(コメント:男性月刊誌に連載されたものだが、大事なことが書かれている)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062637901/qid%3D1117634511/249-8263255-6759557

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5月31日

やわらかな脳のつくり方(吉成真由美)

2000年4月9日 やわらかな脳のつくり方(吉成真由美)

 

 最近、出版された本にノーベル賞受賞者の利根川進教授の妻である吉成真由美さんの『やわらかな脳のつくり方』(新潮社)がある。彼女は元NHKディレクターでコンピューター・グラフィックスの開発に貢献した。以前、『新人類の誕生-「トランスポゾン世代」は何を考えているか-』(新潮社)を発表後、アメリカへ認知脳科学の勉強のために留学したが、いつのまにか、利根川教授の妻になっていた。『やわらかな脳のつくり方』の本の中で、女性と仕事(ウーマンリブの誤算)という章がある。彼女は妻として理想的な優れた生き方をしていることを知り、感動した。

 

      吉成真由美さんが指摘したウーマンリブ運動の誤り

 

第一の誤り:

 

 主婦の仕事内容をあまりにも軽く見積もり過ぎたことによる。掃除、洗濯は最も簡単な部分であり、他の人が一番代替しやすい作業であって、これをもって主婦業の大半とみなしたところに、大きな誤りがあった。

 主婦の仕事は最低でも5つに分類できる。

 第一:健康管理:医者、看護婦、栄養士、料理人、精神科医を一人で兼ねているようなもの。

第二:経済管理:家の一切の歳入出、会計、税処理、長期計画投資など。

第三:教育管理:宿題など、学校教育のフォロー、音楽や運動など、学校外教育のフォロー、行事への参加、家庭での言語・行動を含めたモラルの教育。

第四:庶務管理:毎日の消費備品、家財道具、食材、電球、靴下の穴から屋根の瓦まですべて管轄下。掃除、洗濯。

第五:アーティストとしての才:どんな暮らしにもユーモアとアートがないと楽しくないから、花を植え、インテリアをコーディネートし、自身も含めた家族の身だしなみに気を配る。情報の入手処理能力や事故等の危機対応能力は必須。主婦の仕事の最低限をクリアーするだけでも大変だが、子供が一人増えると、仕事内容が倍になる。

 

第二の誤り:

 男と女の脳の違い(脳梁と前交連は女のほうが25~30%大きい。言語能力などの様々な能力が脳全体に分散する傾向があるが、男では遍在する。男では右脳がよく発達している。空間認識力、図形処理能力など、男がやや有利。前視床下部の第2、3間質核は男では2~3倍大きく、男の性欲や攻撃性の制御に関与)や女性各人の多様性を無視したことによる。男の目標は必ずしも女の目標とは重ならない。

 

 女の中でも攻撃性の強い者もあれば、特に弱い者もある。前者は外に出て働いた方がより自分の能力を生かし、満足できるという者もあれば、家庭にいる方がより強い満足感を得られる者もいるだろう。あるいは夫との共同作業で手加減しながら両方やるのがちょうどよい人もいるだろう。

 

 このことは男性にもあてはまり、男は女より平均的には攻撃性が強いが、家庭生活に向いている男だっているであろう。多様性を認めあう社会が最も望ましい。皆統一してしまおうとする強い平等主義ほど危険なものはない。

 

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104330019/qid=1117550161/sr=8-6/ref=sr_8_xs_ap_i6_xgl14/249-8263255-6759557 (やわらかな脳のつくり方)

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5月24日

恋愛と性欲:芥川龍之介:或阿呆の一生・侏儒の言葉

恋愛と性欲:芥川龍之介:或阿呆の一生・侏儒の言葉(角川文庫)より 

 

恋愛:恋愛とはただ性欲の詩的表現を受けたものである。少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない。

 

コメント:むむ、性欲の詩的表現か!僕が最初に恋愛感情を持ったのは小学6年生の夏休みだった。僕の父は小料理屋を経営していたが、住み込み従業員のめいが遊びにきて、半日ほど皆と過ごしたが、その同じ年の女の子は滅茶苦茶かわいい子で、僕はひとめぼれしてしまった。僕は初めて胸のときめきを感じてしまった女の子だった。彼女は尾鷲以上の田舎の出身で、母の実家の近くに住んでいた。2ー3カ月の間、彼女のことが僕の脳裏を離れなかった。その時、彼女の住む家に行きたいと思って、地図を買ってきて、その地図を開いて空想していた。ところが、母に注意されたため、僕の思いは急速にしぼんでしまった。その女の子といっしょに昼飯を食べていた時に、母が、「この娘さんはべっぴんさんだから、ーーちゃんのお嫁さんにいい」と言ったが、僕は赤面してしまった。恐らく、彼女は広末涼子のような面影ではなかったかと思う。

 

 でも、その当時に性欲のめざめがあったかというと、まだ、眠っていた段階ではなかったかと思う。思い出してみると、小学校に竹登りがあり、竹に両足を絡ませて降りてくる時に何故かはわからなかったが、股間が気持ちよかった感じがしていた。

 

 また、小学4年生までは、母といっしょに銭湯へいったが、担任の女性の先生が入浴しているのを見て、とても恥ずかしかった。その先生はふくよかな先生で、マイヨールの地中海という彫像を想像させるような、ボリュームのある女性であった。幼いころに、一番ショックだったのは、僕が小学2年生の出来事だった。今でいう学習塾(尾鷲では勉強屋と呼んでいた)に毎日通っていたが、午後4時ごろ、塾友達と道路で遊んでいたら、その塾の前が銭湯でたまたま女風呂が瞬間的に丸見えになった。あああ、裸の女性の下半身の黒々としたものが、突然、目に入ってきた。びっくり!母と入った時には、母は必ずタオルで前を隠していたので、どういうものかは知らなかったのだ。あのショックはずっと尾を引いていた。僕のVita Sexualisの始まりの出来事だった。

 

 あの当時、性欲のめざめはまだなかったように思うが、水面下では視床下部、下垂体、内分泌系の発達は急速に起こっていたのかもしれない。そういえば、近くに映画館があって、成人映画の裸体の写真にかなり刺激を受けたこともあった。でも、はっきりと女性の裸体を見たいと思ったのは中学生になってからで、図書館へよく行き、世界美術全集を見て、ルネッサンス時代の絵画を何度も見ていた。

 

 中学生の時にはあこがれていた女性がいたが、いつも片思いで、僕は勉学に熱中していた。今では信じられないと思うが、かなりの奥手で恥ずかしがりやで、無口な男だった。この時の片思いには、詩的表現を伴っていたとは思われなかった。

 

 恋愛に詩的表現が出てきたのは、高校生になってからだった。恋愛を歌った詩歌をよく読んだし、恋愛小説も読んだ。そして、いつも片思いだった。告白するのがこわかったし、勇気がなかった。田舎を離れて、名門の伊勢高校に入り、下宿生活をしているのに、女にうつつを抜かしていて、成績が落ちるのがこわかった。また、片思いの相手がお嬢さんタイプで洗練されていて、僕は馬鹿にされるのではないかと思った。座高も1mもあり、不細工な顔をしているし、自分に自信がなかった。たまに開催される社交ダンスの席で彼女の手を握れる時に、一人で心をときめかせていた。僕は最初、英語の先生になろうと思っていたが、片思いの彼女が医学部を受けるというので、その希望を捨てて、医学部をめざした。ペンシルベニア大学に留学中にも時々、夢に出てきた。でも、夢でもすれ違いで、片思いであり、告白できなかった。

 

徴候:恋愛の徴候の一つは彼女は過去に何人の男を愛したか、あるいはどういう男を愛したかを考え、その架空の何人かに漠然とした嫉妬を感ずることである。

 

コメント:これは、そのとおりだが、どうしようもない。個々の人間には個々の人生の歴史があるので、それを尊重して、あるがままに受け入れないといけない。そんなことで、喧嘩してもどうしようもない。

 

結婚:彼は二十代に結婚したのち、一度も恋愛関係に陥らなかった。なんという俗悪さ加減!

 

コメント:これは、奥さん以外の女性との恋愛関係をいっているのでしょう。まあ、普通の男性なら、好きになる女性は一人だけではないだろう。人の奥さんが好きになることもあるだろうし、独身の女性を好きになることもあるだろう。

 

わたし:わたしはどんなに愛していた女とでも一時間以上話をしているのは退屈だった。

 

コメント:今の女性はそうでもないかも。イギリスの哲学者のバートランド・ラッセルは、自叙伝で、セックスもせずにベッドで3日3晩語りあったと告白していた。でも彼は6回も離婚している。

 

http://members.jcom.home.ne.jp/los-angels/dna_cont/meikoto/meigen_renai.htm

(恋愛の名言)

 

http://www.nga.gov/cgi-bin/pinfo?Object=92218+0+none (マイヨール、地中海)

http://russell.cool.ne.jp/ICHII-S6.HTM (バートランド・ラッセル)

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