天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳:小沢氏強制起訴を受けて


 天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳から:小沢氏強制起訴を受けて

 

判員制度の成立以前から、裁判員制度に反対の意見を展開している高野善通氏のHPから、今回の小沢氏強制起訴についてのコメントを引用する。筆者も同様に同制度に対して反対意見をブログに表明していた。

http://hranmu.spaces.live.com/?_c11_BlogPart_BlogPart=blogview&_c=BlogPart&partqs=cat%3d%25e8%25a3%2581%25e5%2588%25a4%25e5%2593%25a1%25e5%2588%25b6%25e5%25ba%25a6

 

引用開始(一部のみ)

http://www.interq.or.jp/enka/svkoya/blog/enka/

(天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳)

2010104

小沢氏強制起訴を受けて

 

 本日は何といっても小沢一郎氏の起訴議決に触れなければなりません。小沢氏は民主党代表選に出馬するにあたって、メディアや検察を真っ向から敵に回しました。敵に回した検察でさえ起訴できなかった案件だったことを論拠に強気の姿勢を貫いてきましたが、まさに落とし穴があったというところでしょうか?

 この国においては、メディアと検察を敵に回すと生きていけなくなるという神話があります。小沢氏はまさにメディアと検察を敵に回した上で、なおかつ代表選にて彼らを打ち倒す挑戦に臨んだといえましょう。しかし、メディアによる極めて不公正な菅総理応援総翼賛報道に逆に倒され、なおかつ、代表選が行われた914日その日に起訴議決が出されたことも判明しました。いかに剛腕小沢氏といえどもメディアを敵に回しては勝つのは難しかったともいえます。そして、メディアといえば、まさに新検察審査会制度=裁判員制度を絶対的に翼賛推進してきた立場です。新検察審査会制度=裁判員制度と評するのは、何度も言うように、改正検察審査会法と裁判員法には連動項目があるため、裁判員制度起動と同じ日に改正検察審査会法が起動したことによります。今回の件についても、明日の各新聞社説・特集記事で「小沢氏への市民の審判だ」という形で大手メディアによる徹底的な小沢氏潰しの翼賛報道がなされるに決まっています。

 ここで大きな問題となるのは有権者である市民の審判であるからこそ、小沢氏も全く動きようがなくなることです。民主党内の権力闘争での小沢氏落としであれば、小沢氏本人が離党するなり民主党内で動きを起こすなりして新たな政局を作ってくることも考えられました。しかし、今回の検察審査会の判断ともなれば、「市民の判断を無視するのか?」なる「世論」が出てくるに決まっています。民主党内からも仮に小沢氏が離党するにしても多数の同調者を呼び込むのは極めて難しい情勢といえましょう。とはいえ、この「世論」の正体を考えるのが重要で、まさにメディアによる「偽装世論」であることを見ておかねばなりません。

 裁判員制度や新検察審査会制度の翼賛推進には、メディアによる極めて不公正な世論誘導が背景にありました。小沢氏への起訴議決にあたって、前回一度目の起訴相当議決に際して小沢氏が検察審査会に圧力をかけたという批判があり、その際には小沢氏サイドから裁判員制度も検察審査会もおかしいといった意見も出てきました。しかも、仮に総理大臣になるようなケースでは検察審査会法の改正問題までが持ち出されました。まさに裁判員制度=新検察審査会制度を翼賛推進してきたメディアを真っ向から敵に回した態度があったことで、逆に今回の検察審査会の逆鱗に触れた可能性も考えられます。私もメディア(=裁判員制度・検察審査会絶対翼賛推進)を敵に回した段階で今回の小沢氏強制起訴はある程度予測はしていました。しかし、我々は小沢氏を頼ることはないので、徹底的に裁判員制度糾弾運動は続ける所存です。

2010105

小沢氏強制起訴を受けて(2)

 

 昨日の小沢一郎民主党幹部強制起訴の衝撃的ニュース、本日の新聞朝刊で次々に続報が入ってきています。民主党代表選当日だった914日に議決が出ていたのみならず、当日午前、代表選前の議決だったことも判明しました。しかも、日経新聞で見たのですが、審査補助弁護士の吉田繁實さんは、昨年8月東京地裁の第一号裁判員裁判で(主任ではないが)弁護人だったとのことです。

 小沢氏は一度目の起訴相当議決を受けて検察審査会のあり方を徹底して批判し、側近サイドからも裁判員制度とあわせて「制度そのものがおかしい」といった批判も出ていました。小沢氏代表選立候補時には、起訴するには自らの承認が必要となる総理大臣になることで検察審査会の起訴議決を無効にするとか、検察審査会法そのものを改正するとか言われました。そんな小沢氏の姿勢に対する報復措置が、まさに補助弁護士に選ばれた第一号裁判員裁判担当の吉田氏といえましょう。「誰一人として日本人である限り新検察審査会法=裁判員制度を批判することは許されない」という権力側の姿勢を、まさに市民の立場において、しかも政権与党の大物議員を対象に議決することでまざまざと見せ付ける狙いがあったといえるのです。

 東京第五検察審査会は毎週火曜日に審査をやっているとのことで、民主党代表選挙が行われた914日に議決があったのは、ある意味偶然だったのかもしれません。さすがにそれ以前の議決日だとすれば、審査が政局を作ったと批判されるだけに不可能でしょう。代表選当日、結果的には代表選直前の午前だったとはいえ、この日ならばギリギリ「政局を作った」と批判されない議決日だったということになりましょう。

 また、一度目の起訴相当議決に際しては議決日に即結果が公表されました。今回は議決即公開となれば政局との絡みでいかにもあからさまとの批判を受けかねません。検察審査会法には議決日からどれだけの期間を置いて結果を公表するかという規定がないことから、ある程度の期間を開けるつもりだったのでしょう。914日の週、週末には組閣がありました。そして、週明けは月曜日が休日だったこともあり、火曜日の21日になるのですが、この日に例の「大阪地検オウンゴール事件」が発覚しました。21日逮捕された検事が小沢氏周辺事件で取調べを担当していたこともあり、捜査が流れる中で小沢氏への起訴議決を公表すると、「有罪に出来るかどうか怪しい事件が市民の議決によって起訴された」という評価がなされて検察審査会制度そのものへの批判にもつながる可能性がありました。しかし、そうこうしているうちに捜査は芋づる式に上層部へと発展し、104日、臨時国会開会直前までもつれ込んだというところでしょう。すなわち、もはや議決公表を先延ばしできない、という追い詰められた上での公表といえそうです。

 裁判員制度はまさにこれからが死刑事件を扱う時期になります。そんな中で政治情勢はこれからさらに激動するといえる情勢。我々、というよりも、この国に住む日本人全員が予測も付かない、そんな時代に突入したともいえましょう。

 

2010106

小沢氏強制起訴を受けて(3)

 

 小沢一郎氏強制起訴が実際に決まっていたのが914日。大阪地検のオウンゴール事件発覚は921日ですから、今回の強制起訴には大阪地検オウンゴール事件の影響はなかったことになります。そんな意味もあってでしょう、小沢氏サイドからはこの議決自体に強い憤りを覚えるコメントも続出しています。何といっても小沢氏の周辺事件において最初に逮捕された検事が取り調べていたのですから、起訴そのものが極めて不公正だというのも納得できます。

 そして、それにもまして怒りを覚えるのは、大手メディアや識者が平気で「推定無罪の原則が働いているのだから裁判の場で決着をつければ良いではないか」、挙句の果てには「日本の刑事司法は99%有罪というのが異常な状態だっただけで、従来ならば起訴出来なかったものも強制起訴手続にかかることで、有罪率99%が下がる効果も期待できて推定無罪の原則を再認識させる好機となろう」といった評価を述べていることです。これは裁判員制度推進側に立つ弁護士の論理にも共通するものがあり、裁判員になることで推定無罪の原則を再認識した上で判断できる効果があるという言い方をしています。彼らに言いたいのは、現状のこの日本社会においては起訴されることそのものだけで社会的に重大な影響を及ぼすことをどれくらい認識しているのか?です。

 小沢氏ほどの大物政治家であればなおさらといえます。代表選直前の朝日新聞による不公正な連日社説を初めとしたメディアの総攻撃で政治生命を絶たれるともなれば、メディアの罪は極めて重いものがあります。大手メディアは「報道の自由」を盾にやりたい放題無責任な報道を続けてきました。メディアは民主的基盤を持たないだけでなく、報道による著しい人権侵害が起きたときに十分な人権救済をしません。ですから、最近でも郵便不正事件において無罪が確定した村木さんに謝罪を表向きはしながらも、逮捕時における報道の反省を実質的にはしていないからこそ、結局は同じような過ちを何度も繰り返すということになるのです。民主的基盤を持たないといえばメディアとも比較されますが、検察は実体的な権力であるからこそ「検察が政局を作った」と評価されるのを極度に嫌います。しかし、メディアは「メディアが政局を作った」と評価される行為をむしろ何度も繰り返してきました。今回のケースでも、「検察審査会の議決を見れば、刑事被告人になる小沢氏が首相にならずによかった」と評価したメディアがありました。彼らは新検察審査会制度=裁判員制度を守り切るために小沢氏への起訴議決を絶対的前提とした上で、代表選において世論誘導をしたのです。仮に小沢氏が無罪確定となったところで、小沢氏の政治的影響力は著しくそがれる事態になります。

 民主的基盤を持たない、「報道の自由」を盾にしやすい、報道機関を監視できる外部権威がこの日本社会にほとんどなく市民側にもメディアリテラシーがそこまで育ってないということもあってか、やりたい放題の報道を貫いてきた大手メディア。我々のメディアを見る目も重要ですが、メディア自身が本当に責任ある報道をせず、自ら報道した中身を守る姿勢を現在に至るまで貫き続けたことが、今日の異常な政治情勢を作ったというしかありません。メディアがそれを自覚しない限り、より異常な状況を作り出すのは言うまでもありません。(引用終了)

 

 

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